精神科医・内田直樹の往診カルテ
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認知症の改善可能な部分を見逃さない
薬が認知症の悪化要因に
初めて診察に伺った時、Aさんの妻はベッドに横たわったままで、声をかけてもか細い声で、力なく反応するだけでした。
高血圧症があったそうですが、血圧を測ってみると102/63とむしろ低めでした。長年飲み続けている降圧薬が効きすぎて血圧が低くなり、脳の血流が低下することが認知機能の低下につながっている可能性があると判断し、薬を中止しました。
昼夜逆転の生活を改善する目的で出されていた睡眠薬は、ふらつきが強くなるため、Aさんが飲ませていませんでした。そこで、ふらつきが少ない薬に変更して夜にしっかりと眠れるようにし、一方で効果のはっきりしない認知症治療薬2種類のうち一つを中止しました。
採血をして、ビタミンB12の不足もわかりました。胃を全摘した影響で、ビタミンを吸収できなくなっていたようです。ビタミンB12の低下は脳の神経細胞の減少を引き起こし認知機能を低化させるので、ビタミンB12を補う薬を出しました。
甲状腺機能低下症と診断されて飲んでいた甲状腺ホルモンの薬も「効きすぎ」だったため、量を半減しました。
こうした工夫が功を奏したようで、Aさんの妻は、2か月後にはベッドから起き上がって穏やかに私を迎えられるようになりました。昼夜逆転が解消されて趣味の編み物も再開し、夜中に冷蔵庫をあさることもなくなったそうです。
Aさんの妻の場合、中等度のアルツハイマー型認知症を背景に、血圧の低下とビタミンB12の不足が重なったことで認知機能がさらに低下していました。
「去年は冷蔵庫に入れていたおせち料理が、年末のうちに夜中に食べ尽くされていました。今年のお正月は皆でおせちを囲めそうです」
昨年末、穏やかな笑顔で語るAさんの横で、娘さんも「以前のように父が穏やかに母に接しているのを見て、安心できるようになりました」と話していました。
認知症であっても改善が望める部分があり、そこの評価は認知症の見立てにおいて最も重要であり、最も見過ごされやすいところでもあります。認知症における治療可能な部分の評価をきちんと行い対応することは、医療側のとても重要な役割だと考えています。(内田直樹 精神科医)
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