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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち 松永正訓

医療・健康・介護のコラム

13トリソミーの儚い命 臍帯ヘルニアの赤ちゃん

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赤ちゃんと医学書の写真を何度も見比べ

 私は部屋の片隅の小さな本棚に目をやりました。そこには、先天奇形に関する医学書がありました。染色体異常のページをめくると、「13トリソミー」や「18トリソミー」という項目があります。

 人の染色体は一つの細胞の中に46本が納まっています。父親から23本、母親から23本受け継いで人間の命は誕生するのです。染色体は、顕微鏡で観察した時に大きいものから順に第1番染色体、第2番染色体と数字が付けられています。染色体が3本ある状態をトリソミーと言い、多くの場合、流産になります。しかしながら、第13番染色体、第18番染色体、第21番染色体が3本ある胎児は、必ずしも流産にならずに生まれてくることがあります。

 「21トリソミー」とはダウン症のことです。13トリソミーと18トリソミーは、ダウン症とはまったく異なる染色体異常で、様々な複雑な奇形を伴います。予後(命の見通し)は絶対的に不良で、生後1か月で50%の子が亡くなり、1歳までに90%の子が亡くなると教科書に書かれています。

 私は目の前の赤ちゃんと、医学書の写真を何度も見比べました。臍帯ヘルニアを持って生まれてきたこと、呼吸をしないこと、特異な顔つきをしていることから、この子は13トリソミーに違いないと思い至りました。心臓がドキドキしましたが、治療法は何もありません。私はじっと赤ちゃんの顔を見つめていました。

「13トリソミーならしかたない」

 夜が明けて、先輩の先生たちが新生児室に姿を現しました。私が「この赤ちゃんは13トリソミーかもしれません」と言うと、みんな無言で (うなず) きあっていました。血液を採取して染色体検査に提出し、教授回診に備えました。

 教授が部屋に入って来ると、私は赤ちゃんの術後経過を細かく説明し、最後に13トリソミーの可能性について言及しました。

 教授は「それじゃあ、しかたないな」とつぶやきました。

 ウォッチ態勢は一晩で終了になりました。ただ、赤ちゃんに対して治療を撤退するようなことはしませんでした。じっと経過を見ていたという感じです。検査結果はやはり13トリソミーでした。赤ちゃんの呼吸は何日待っても回復せず、手術から1か月 () った日の夜、心拍数はどんどん下がっていき、やがてモニターの線はフラットになりました。

 これが私にとっての13トリソミーとの出会いでした。そして、13トリソミーの命はこのように弱いものなのだと思い込みました。(松永正訓 小児外科医)

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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち

 生まれてくる子どもに重い障害があるとわかったとき、家族はどう向き合えばいいのか。大人たちの選択が、子どもの生きる力を支えてくれないことも、現実にはある。命の尊厳に対し、他者が線を引くことは許されるのだろうか? 小児医療の現場でその答えを探し続ける医師と、障害のある子どもたちに寄り添ってきた写真家が、小さな命の重さと輝きを伝えます。

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松永正訓(まつなが・ただし)

1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業、小児外科医になる。99年に千葉大小児外科講師に就き、日本小児肝がんスタディーグループのスタディーコーディネーターも務めた。国際小児がん学会のBest Poster Prizeなど受賞歴多数。2006年より、「 松永クリニック小児科・小児外科 」院長。

『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて13年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。2018年9月、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)を出版。

ブログは 歴史は必ず進歩する!

名畑文巨(なばた・ふみお)

大阪府生まれ。外資系子どもポートレートスタジオなどで、長年にわたり子ども撮影に携わる。その後、作家活動に入り、2009年、金魚すくいと子どもをテーマにした作品「バトル・オブ・ナツヤスミ」でAPAアワード文部科学大臣賞受賞。近年は障害のある子どもの撮影を手がける。世界の障害児を取材する「 世界の障害のある子どもたちの写真展 」プロジェクトを開始し、18年5月にロンドンにて写真展を開催。大阪府池田市在住。

ホームページは 写真家名畑文巨の子ども写真の世界

名畑文巨ロンドン展報告

ギャラリー【名畑文巨のまなざし】

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2件 のコメント

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殺戮の戦場と小児外科の戦場を繋ぐ論理

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

人が平和や安全を望むのは、戦争が嫌だからではありません。 戦争よりもやりたいことや守りたいものがあると気づくからです。 だから、血が流れ過ぎたこ...

人が平和や安全を望むのは、戦争が嫌だからではありません。
戦争よりもやりたいことや守りたいものがあると気づくからです。
だから、血が流れ過ぎたことに気が付くと、状況次第では、信念を曲げて休戦や停戦を行います。
一方で、必要と思っていれば、必要に迫られれば、戦争を行います。

案外、盲点ですが、難解かつ現代日本の一般的生活から遠いので、考える人は少ないでしょう。
でも、たかが数百年前の、江戸幕府成立前の日本では戦争が絶えませんでしたし、軍事機構を担う大名に権力があって、今もその名残で、国家機構のもつ暴力の独占が軍隊や警察です。

ノーベル賞でも話題になりましたが、人は核兵器を無くしたいのか、核戦争を止めさせたいのか、全ての戦争を止めさせたいのか、どこに現実的な目標があるでしょうか?
核兵器の非人道的破壊力に目が奪われますが、貧困や通常兵器の殺した数の方が圧倒的に多いわけですし、核の抑止力に核が有効なのも残念な事実です。
日本も米国の核の傘で得た安全の中にいます。

日常電化製品の部品の転用で作られた廉価ロケットがニュースになりましたが、あれは北朝鮮首脳部にとっては日本製ミサイルに見えたことでしょう。

一歩引いてみると、世界はまるで見え方が変わります。

直接生産性のない子供の短い一生と、不必要な大量殺戮を支持する人間のどちらに人道的正義があるのか?

一方で、全世界の平和以上に、自国や地域の安全が必要と言うのは、一般人の感覚です。
そのグループを煽るために、人種、民族、宗教の正義が過度に使われるわけですが、「本文のような小さな戦場のための余裕」は守るべきか否か、間接的に繋がってきます。

無駄の削減、経費削減という時代ですが、線引きを間違えると自分に跳ね返ります。

「平和とは無能が悪徳とされない幸福な時代」
言葉の著作権を訴えられるとまずいですが、敢えて引用しておきます。

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命の意味や価値を決めるのは誰か?

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

事実と感情の論述に留め、価値観の押し付けがない文章というのは、専門家として難しい行為なので、凄くいいなと思います。 カルテと担当医の言葉の他はフ...

事実と感情の論述に留め、価値観の押し付けがない文章というのは、専門家として難しい行為なので、凄くいいなと思います。

カルテと担当医の言葉の他はフィルムと向かい合って、人間的な感情から距離を置いて命と疾患の選別を行う画像診断医もかなり特殊だと思いますが、重症疾患の命のドラマの現場に長くいる医師もまた特殊でしょう。

そういう特殊な経験を善でもなく、悪でもなく、一般人に訴えかけられるのは、現場で仕事してから離れた先生ならではの細やかな配慮次第だと思います。

宋先生の記事も出ていますが、様々な形の「命の選別」や「魂の救済」は誰かが向き合わないといけない現実であり、責任を負う側も負わせる側もモラルと配慮が必要です。
支援者の増加だけでなく、理解できないことが理解できる人や攻撃的な態度をとらない人が増えることもまた重要です。
一番問題なのはナチスよろしく排他的原理主義者の暴走やそれに何も考えていない人が乗っかることです。

ある言葉や行動が、善なのか、偽善なのか、凄く難しい問題です。
発信者と受信者で異なることもあります。
これは凄く大事なことで、個人としても集団としても、短くとも天寿を全うできる生命というのは様々な意味を持つことが分かります。
仮にある項目の答えで対立したとしても、よく考えての意見の相違であれば、まず暴走しません。

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