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QOD 生と死を問う 第8部

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[QOD 生と死を問う]ひとりの最期(上)「在宅」24時間支える 

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独居=不幸ではない…「おひとりさまの最期」上野千鶴子さん

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米山要撮影

 どのような条件があれば、ひとりで最期を迎えることができるのか。「おひとりさまの最期」(朝日新聞出版)などの著書がある東大名誉教授の上野千鶴子さんに聞いた。

 今は、だれもがおひとりさまの最期を考えなければならなくなった時代だと思います。ひとり暮らしの高齢者は増えていますし、夫婦で暮らしている人でも、いずれ相手に先立たれるからです。

 多くのお年寄りは、自分の家が大好きです。家が好きとは、家族と一緒にいたいという意味とは限りません。誰にも遠慮がいらないから、できることなら最期まで家で暮らしたいと思っている。「独居は不幸」という固定観念は正しくありません。

 それなのに、家族の意思で施設や病院に入れられてしまう。子どもは「心配だから」と言い、「年寄りを放っておくなんて」と周りも圧力をかける。人生の最期をどこで過ごしたいかという本人の意思決定を支える仕組みが必要です。

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  「在宅ひとり死」へ備え

 10年以上前から、現場を見ていますが、ひとりで自宅で死ぬことは、必ずしも、「孤独死」ではありません。そもそも、「独居=孤立」という考え方は誤りです。介護保険制度を利用すれば、ケアマネジャーが付き、ホームヘルパーが入ったり、デイサービスに通ったりして、人の目が入ります。

 私はひとりで自宅で死ぬことを「在宅ひとり死」と呼んでいます。ひとり暮らしをしていて、ある日、死が訪れる。その時に備えて、早めに発見されるようにしておけばいいのです。

 お金がなくても、金持ちならぬ「人持ち」になればいい。「まちの縁側」「地域の茶の間」など、気軽に立ち寄れる居場所づくりも各地で進んでいます。そういった場所でつながりを作る。年を取って家から出られなくなっても、近所の人が1日1回は様子を見に来てくれる関係があれば安心です。

 政府は、病院死から在宅死へ誘導しています。社会保障費の抑制という不純な動機が見え隠れしますが、私は、在宅死の方がお年寄りにとって幸せだと思うので、この誘導はOKだと思っています。

 在宅死は介護保険あってのもの。24時間対応の訪問介護、訪問看護、訪問医療の3点セットを利用できるようにしたり、ホームヘルパーの待遇を改善したりすることが不可欠。介護保険を利用した場合の自己負担割合(1割、一部は2割)を引き上げないなど、老後の安心を切り崩さないような目配りが必要です。

 ◇1948年富山県生まれ。社会学者。認定NPO法人WAN理事長。著書に「ケアの社会学」(太田出版)、「おひとりさまの老後」(法研、文春文庫)など。

 (滝沢康弘)

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