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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

コラム

『あっ』『明るい』…失われた視覚に差し込んだ「光」

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『あっ』『明るい』…失われた視覚に差し込んだ「光」

「いいことカレンダー 2018」の表紙

 今、私の手元には、一冊の横書きのカレンダーがあります。見開きページの上半分には、「きづな(原文ママ)」「再生」などをテーマにした不思議なタッチのペン画が描かれています。下半分の七曜表の上には、「ぼくの力のもとになりました」「であいの中で、ぼくは生きます」など、ペン画にちなんだ1行のフレーズが載っています。

 これは「いいことカレンダー 2018」といって、脳に障害を持つ中島 基樹もとき さん(36)が、ご家族たちに支えられながら描いた作品です。

原因不明の発作、脳の認知機能に障害

 中島さんが両親と一緒に、私の外来を訪ねてきたのは、6年前の秋でした。

 その10年前、大学生だった中島さんは突然、学校の体育館で原因不明の失神発作に襲われて、心停止しました。救急蘇生を受けて18分後、自発呼吸ができるところまで回復しましたが、意識は戻らず、脳萎縮が進行しました。自分から言葉を発することができず、医者たちに「ここを見てください」と話しかけられても、視線を向けられませんでした。

 中島さんの視力検査はできませんでしたが、眼球自体に異常はなく、「対光反射」も保たれていました。

 対光反射とは、光による刺激が眼球内に入った時に瞳が縮む反射( 縮瞳しゅくどう )のことです。これがあれば、光信号が視神経を通って脳に信号が流れていることを示す証拠となります。

 ただし、脳内に信号が入っただけでは、ものは見えません。信号が複雑な神経回路(視覚の高次脳)を流れる中で、外部から入力された刺激の「意味」を認識できなければならないからです。中島さんは、脳に十分な酸素が届かない低酸素脳症になって認知機能(高次脳機能)に障害を負ったため、ものが見えなくなっていました。

 中島さんの地元・富山県のかかりつけ医からもらった情報提供書には、「ここ数年、目立った変化はない」と書かれていました。

両親「少しずつ変わってきている」…視覚機能の回復は難しい

 

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「いいことカレンダー 2018」の1-2月のページ

 ところが、両親は「自分たちが話しかけたりして刺激を与えた時の反応が、少しずつ変わってきている」と言うのです。私は「ずっと一緒に暮らす両親だからこそわかる変化かもしれない」と思う一方で、「もしかすると親の欲目かもしれない」とも考えました。

 「眼球に異常はなく、目からの信号は脳に届いています。だが、脳での情報処理ができていません。生まれつき脳の萎縮がある人でも、視覚機能が保たれている例があります。脳の機能が今後、回復することがあれば、視覚機能も一部は戻るかもしれません」

 こうした私の診察結果にがっかりするかもしれないと思いましたが、2人は逆に、「よかった」と喜んでいました。

 中島さんの状況を見て「日常生活に利用できるほど視覚が回復する可能性は低い」と私は考えていたので、少し戸惑いました。

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人---心療眼科医が本音で伝える患者学」、「健康は眼に聞け」「絶望からはじまる患者力」(以上春秋社)、「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、医療小説「茅花流しの診療所」(同)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組む。

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