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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

診療記録をめぐる課題(中) 改ざんに刑事処罰の明文規定を

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電子カルテなら本人の虚偽入力・改ざんも罪に

 重要なのは、電子カルテだと、民間の医療機関でも話が違ってくることです。電磁的記録不正作出罪は、事務処理を誤らせる目的で、権利、義務、もしくは事実証明に関するデータを不正に作ることを処罰します。入力権限を持つ者が権限を乱用して操作した場合でも、システム設置主体(官庁、企業など)の意思に反する行為なら、この罪が成立すると佐久間教授、園田教授は解釈しています。

 その解釈に立てば、電子カルテにウソの内容を入力したときも後から改ざんしたときも罪になりえます。2009年に京都大病院で不必要なインスリンが患者に点滴された事件では、看護師が犯行を隠すために虚偽の検査数値を入力しており、傷害罪に加えて公電磁的記録不正作出・供用罪でも有罪になりました。ただし「個人診療所の院長が自分で書き換えた場合や病院ぐるみで改ざんした場合は、システム設置主体の意思に反すると言えず、適用は難しい」と佐久間教授は説明しています。

 なお、診療記録に書き間違いがあって手直しする場合は、訂正の箇所と日時がわかるようにするのが当然のルールです。電子カルテなら変更の履歴が残るから改ざんできないと言われますが、確実ではなく、精神科医院の服薬指導をめぐる民事訴訟で、電子カルテの改ざんが認定された例があります(2012年3月30日、大阪地裁判決)。この医院のソフトは元の記載を保存しない設定になっており、処方をめぐる経緯から見て、医師が後から記述を書き加えたと裁判所は判断しました。

証拠隠滅罪が適用された例はあるが

 診療記録の改ざんでは、刑事責任の追及も行政処分もめったに行われていません。01年に東京女子医大病院で起きた心臓手術による死亡事故で、手術記録や看護記録の改ざんを主導した医師が証拠隠滅容疑で逮捕されて有罪判決が確定し、医師免許の停止処分、保険医登録の取り消し処分を受けたのが唯一の事例と見られます(この事故で業務上過失致死罪に問われた別の医師は無罪確定)。証拠隠滅罪は他人の刑事事件の証拠が対象で、メインの事件を示せないと成り立たないので、適用できるケースは限られます。

 08年に大阪府の貝塚中央病院(精神科)で、身体拘束中の男性患者が転送先で死亡した事故では、看護師の判断で拘束したのに、法律上必要な精神保健指定医の指示があったかのように、後からカルテなどを病院ぐるみで改ざんしていました。当時の理事長兼院長らが証拠隠滅容疑で書類送検されたものの、検察は不起訴にしました。元理事長兼院長は、業務上過失致死罪に問われた看護師の裁判の証人尋問で、改ざんを指示したことを認めましたが、行政は処分に動きませんでした。

はっきりさせれば、抑止効果も

 医師法、歯科医師法はカルテ(診療録)について5年間、医療法はカルテ以外の諸記録について過去2年分の保存義務を定めており、違反に対する罰則もあります。廃棄すれば明らかに違反ですが、改ざんはどうか。厚生労働省医政局は、医師法、歯科医師法について「事実に反する記載に書き変えた場合は違反になりうる」という見解、医療法については「違反にならないとは言わないが、個々の事例による」という、あいまいな回答です。

 診療記録の改ざんが許されない卑劣な行為であることは、医療従事者にも異論がないでしょう。改ざんがわかれば、関係者は刑事告発するべきです。とはいえ警察・検察が自信を持って法解釈できるかどうかはわからないし、既に述べた通り、現行法では処罰対象にならない「穴」がいくつかあります。

 診療記録の改ざん全般について、明確な刑事処罰の規定を新設するべきだと思います。「刑法の虚偽診断書等作成の罪に、診療記録を追加する方法もある」と佐久間教授は言います。診療記録の保存法をつくって罰則を定める方法もあります。処罰規定があれば、実際に事件になるケースが少なくても、未然に防ぐ抑止力は大きくなります。(原昌平 読売新聞大阪本社編集委員)

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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