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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

診療記録をめぐる課題(中) 改ざんに刑事処罰の明文規定を

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診療記録をめぐる課題(中) 改ざんに刑事処罰の明文規定を

 診療記録をめぐる重要な問題。それは改ざんを刑事事件として処罰できるかどうかです。医療従事者が自分の有利になるように記録を書き換えたら犯罪じゃないの?と思うのが社会の一般的な感覚かもしれません。けれども刑法上の解釈についてはこれまでほとんど議論されておらず、患者側で活動する弁護士も、刑事処罰は難しいと考えてきた人が多いようです。

 しかし、何人かの著名な刑法学者に取材すると、記録を書いた本人以外が改ざんした場合は、刑法の文書偽造・変造の罪で処罰できます。国公立の医療機関の場合や電子カルテの場合は、本人が虚偽の内容を記載したときや後から改ざんしたときも処罰対象になりうるという解釈が主流のようです。

 ただし、民間の病院で紙の記録を書いた本人が後から改ざんした場合は罪にならないと考えるのが一般的です。実際、診療記録の改ざんで刑事責任を問われたのは、証拠隠滅罪の適用という例外的なケースしか見あたりません。警察・検察が積極的に捜査に動くとは限りません。したがって、法律を改正するか新法をつくり、改ざんに対する罰則を明文で設けるのがスッキリした解決策です。

私文書偽造・変造の罪にあたるか

 刑法の文書偽造の罪は、文書に対する信用を失わせ、社会の活動を妨げることが問題だとされています。この関係の罪を適用できるかどうか。まずは民間の病院を想定しましょう。

 私文書偽造・変造の罪の対象になるのは「権利、義務、もしくは事実証明に関する文書・図画」で、作成名義人がわかるものに限られます。法律上の権利・義務に関する文書としては契約書、領収書、借用書などがあります。事実証明の文書のほうは「社会生活に交渉を有する事項を証明する文書」(1958年9月16日最高裁決定)とされ、選挙の推薦状、私立大学の成績原簿、求職用の履歴書などを、事実証明の文書と認めた判例があります(芸術作品や論考などはあてはまらない)。

 では、カルテを含む診療記録は事実証明の文書にあたるのか。診療記録の多くは作成者や記入者が示され、診療活動に用いられ、民事訴訟でも事実経過を示す証拠になります。このため、刑法が専門の松宮孝明・立命館大教授、佐久間修・名古屋学院大教授、園田寿・甲南大教授らは「事実証明の文書にあたる」という意見です。そうすると、他人が後から差し替えたり書き換えたりすれば、偽造・変造の罪になるわけです。

 一方、文書の名義人自身が書き換えた場合は、私文書偽造・変造の罪は成立しないというのが一般的な解釈です。すると、医師が後から自分でカルテを改ざんしたような場合は、罪にならないことになります。ただ、少数派ながら、松宮教授は「診療記録の場合、ある時点でいったん確定した事実の記載が重要なので、本人が後から書き換えたら『変造』にあたる」という考えです。

国公立では公文書……より広く重い処罰

 国公立の医療機関ならどうか。公務員が職務上作成する文書なら、より重い公文書偽造・変造の罪になります。独立行政法人や国公立の大学法人の職員も「みなし公務員」として適用されます。

 また公務員の場合は、虚偽公文書作成という罪があり、もともと事実に反する内容を書いた場合も刑事責任を問われます。後から事実に反する改ざんをした場合も、この罪にあたります。

 なお、官公署へ提出される診断書、検案書、死亡証書に医師がウソを書いた場合は、虚偽診断等作成という罪が別に設けられています。これは民間医療機関の医師による場合も処罰の対象です。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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