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いちばん未来のシニアのきもち

医療・健康・介護のコラム

良い事を探してみる

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 こんにちは、慶成会老年学研究所の宮本典子です。

 高齢者は、超高齢社会のいちばん先をいく人たちです。共に生きやすい社会をつくることは、次の世代の未来をつくることになると思いませんか?

 何年も前に、高齢者施設へボランティアに行く中学生を相手に、「老い」に関する授業を頼まれたことがあります。

 中学生に向けて「老い」について話す――。さて、どうしよう?と思いました。

 思いついたのが、昨年104歳となった祖母の話を聞くことでした。

 当時はまだ(!?)90歳だった祖母から、中学生に向けたメッセージを何かもらえないか、とインタビューに行ったのです。

年をとるのは悪くない

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 録音を始めると、祖母は静かに語り始めました。

 「みなさん、年をとることは嫌なことばかりだと思っているでしょう。病気になったり、大切な人を亡くしたり、できないことが増えたり……。

 でも、そうでもないこともあるのですよ。

 例えば、少し前は、孫から電話があると、まあうれしい!と思って終わりでしたけれど、今は、孫から電話があると、そのことで、一週間くらいずーっとうれしい気持ちでいられるの。

 それは年をとったからだと思うのです。

 年をとらないと気づけない喜びがたくさんある。だから、年をとることは悪いことばかりではありませんよ」

 そんな祖母の言葉に聞き入っていた中学生から、「あんまり長生きしたくない!と思っていたけれど、おばあさんの話を聞いたら年をとるのも悪くないか、って思った」という感想が出てきました。

避けられない別れを経て

 その授業から少し () ってから祖父が亡くなり、祖母は一人になりました。

 生まれたときから一人暮らしをしたことのない祖母にとって、90歳を過ぎてからの一人暮らしはとても不安な毎日だったようです。

 「夕方が一番嫌い、さびしく悲しい気持ちになる。夕方になる前にカーテンを閉めてしまうのよ」と言っていました。

 一人の寂しさと不安、年を重ねてできなくなることが増えていく日々――。そんな中、祖母はある工夫を始めました。「良いこと日記」です。

 年をとって悲しいことや辛いことを数えていたら、きりがない。だから毎日、必ず一つ「良いこと」を探して、それを日記に書く。

 どんな小さなことでもいいから、一つ良いことを見つけてから一日を終えるのだそうです。

 今日はおいしくご飯が炊けた。今朝庭先にシジュウカラがやってきた。道ですれちがった人が笑顔だった。

 最初は自分で良いことを見つけるのが難しくても、毎日努力しているうちに、探すのがだんだん上手になってきたのだそうです。

悲しみも喜びに変えてみる

 祖母はある日、祖父が大切に使っていた思い出の湯飲み茶わんを、台所で落として割ってしまいました。

 落ち込んでしまいそうになった次の瞬間に、祖母はこう考えたといいます。

 「私はまだ立って台所仕事ができるから、湯飲み茶わんを落として割ることができる。もし寝たきりだったら、湯飲み茶わんを割ることすらできないでしょう」

 そう思ったら、悲しみや落ち込みから抜け出すことができるようになったそうです。

 祖母は今、高齢者施設で暮らしています。90歳から始めた「良いこと日記」は、指先や視力が弱って、今はもう続けることができませんが、これまでの日々の積み重ねの効果は絶大です。

 気持ちが沈む時は背筋を伸ばし、幸せを数える。

 今年105歳になる祖母は言っています。

 「今、私が私を不幸だと思ってしまったら、私を大事に育ててくれた両親に申し訳ないもの!」(宮本典子 臨床心理士)

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宮本典子(みやもと のりこ)

 慶成会老年学研究所主任研究員。 臨床心理士。

 聖心女子大学文学部歴史社会学科人間関係(現人間関係学科)卒業。

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 主に認知症高齢者、高齢期のうつ病の心理療法及び介護家族の心のケアにかかわる。自宅で暮らす高齢者や認知症の人を対象に、情緒の安定や認知機能の低下予防をめざす心理療法プログラム「ユリの木会」を運営している。共著に「認知症と診断されたあなたへ」(医学書院)、編著に「いちばん未来のアイデアブック」(木楽舎)がある。

慶成会老年学研究所

 高齢社会に関する心理学的、医学的臨床、研究、及び教育・研修を行う研究所として、1988年に設立。現在、心理学の専門家によって、高齢者と家族を対象にしたカウンセリング、専門職や一般企業への教育・研修と、高齢者と高齢社会に関する学際的な研究を行っている。

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