安心の設計
介護・シニア
認知症 心と行動「見える化」
ケアの必要度を数値で 症状軽減の効果

「このプログラムを始めて、BPSDは問題行動ではなく、怖い、痛い、といった本人のメッセージだと分かった」と、佐藤さん(右端)は話す(東京都世田谷区の「デイサービスすずらん梅丘」で)
妄想や 徘徊 といった認知症の行動・心理症状(BPSD)に焦点をあてた在宅ケアプログラムを、東京都医学総合研究所が開発した。従来型の介護を続けた場合よりも症状を軽減させる効果を、日本で初めて科学的に証明した。介護チームが簡単に取り組めるのが特徴で、認知症の人ができるだけ長く在宅で暮らせるように支える手法として注目されている。
「こんな簡単な支援で何か変わるのかと疑問だったけど、1週間で症状が軽減した人もいて驚いた」
認知症介護に携わる介護福祉士の佐藤勝宣さんは、勤務する「デイサービスすずらん梅丘」(東京都世田谷区)で導入した「BPSDケアプログラム」に手応えを感じている。
プログラムは、同研究所の研究班が、国際的に認知症ケアの評価が高いスウェーデンの取り組みを参考に開発。同研究所プロジェクトリーダーの西田淳志さんは「普通の介護職員が負担なく取り組める簡便さと、チームで続けるだけでその人に合った介護ができるのが特徴」と説明する。
具体的には、認知症の人の状態に関し、「他人が自分の物を盗んでいると信じているか」「突然怒りを爆発させるか」など約90の質問に介護チームで「はい」「いいえ」で答えてタブレット端末などに入力。「不安」「妄想」「興奮」など12項目について重症度が点数化される。点数が高い項目から、その人の行動の背景や求めている支援を話し合い、実践する。ケアの優先度を「見える化」したもので、「ゆっくり話す」など、誰でもできる具体的なケア計画を立て、全員で統一して行うのがポイントだ。
「すずらん」に通う男性(83)も、プログラムでBPSDが軽減した一人だ。
突然どなったり、物を投げたりする状態が続き、家族の負担を考えて介護施設への短期入所も利用したが「暴れるから」と一晩で帰された。このままでは自宅で暮らせなくなるとの危機感から、9月にプログラムを導入した。重症度の評価では「興奮」「イライラ」の項目が特に高かった。
職員らで「突然の物音や話し声に敏感」「トイレ介助時に座って排尿してもらおうとすると嫌がる」と分析し、〈1〉静かな環境を作る〈2〉立って排尿できるよう工夫する、という介護を全員で徹底した。すると、重症度の点数が、1か月で46点から37点に減少した。
「すずらん」の介護主任の佐々木美奈子さんは「興奮も見られるが、良い表情が出てきた」と評価し、「今の介護でいいのか分からず悩んできたが、この手法だと客観的に効果が分かる。職員のやりがいにもつながり、チームの介護力向上を実感できた」と話す。
研究班では、昨年9月からプログラムの効果を検証するため臨床研究を実施。訪問介護やデイサービスなど45事業所が参加し、認知症の283人をプログラムを導入する群と通常の介護を行う群に偏りがないように分けて、半年後に状態を比較した。
その結果、通常群は変化がなかったが、導入群では重症度が7点減少。「毎日出ていた症状が週1回に軽減する程度の効果があった」ことを意味するという。
こうした成果から、一部の自治体では、来年度からの事業化を予定している。
<認知症の行動・心理症状(BPSD)> 脳の神経細胞が壊れることで直接的に起きる記憶障害などに加え、その人の性格や周囲の環境、人間関係などの要素が絡み合って生じる症状。不安や徘徊、うつ、興奮、暴言・暴力など表れ方は様々で、家族や介護者の深刻な悩みとなることが多い。在宅生活が続けられなくなる最大の要因と指摘される一方、対応の仕方で症状が改善する場合も多い。
「職人技」頼らぬ在宅ケアへ
高齢化の進展で、2025年には65歳以上の4人に1人が認知症かその予備軍と推計されている。政府は15年、国家戦略「新オレンジプラン」を策定し、「住み慣れた地域で暮らし続けられる社会の実現」を基本理念に掲げた。BPSDは、その最大の阻害要因とされ、入院による在宅生活の中断などにつながり、生活の質の低下も招くという。
しかし、日本では「本人中心のケア」などの考え方は広がっているものの、一部のベテラン介護士の“職人技”に頼りがちなのが実情だ。介護の支え手が不足する中、一般的な介護士でも成果の上がる手法の確立が求められている。
「BPSDケアプログラム」について元国際老年精神医学会会長で、国際的な認知症医療・ケアに詳しい英国マンチェスター大のアリスター・バーンズ教授は「しっかりした研究で、半年後のBPSDが有意に減少したことも確認されている。科学的根拠のある手法として、国際的にも今後の認知症ケアに大きな示唆を与える貴重な成果だ」と話している。
(本田麻由美)
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