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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち 松永正訓

医療・健康・介護のコラム

「泣く部屋ならあるよ」 ダウン症の子を授かって

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 私のクリニックは小児科・小児外科を 標榜(ひょうぼう) していますので、診察する患者は中学3年生までです。しかし、障害を持っているお子さんに関しては、成人の内科では診察が難しいだろうと考えて、年齢にこだわらず、診られる範囲で診るようにしています。そんな患者の一人、彩香ちゃんは19歳です。いえ、あと1年もしたら彩香さんと呼ばなければいけないかもしれません。

「障害児を生んでごめんね」

 彩香ちゃんは国立千葉病院(現・国立病院機構千葉医療センター)で帝王切開によって生まれました。出生直後、母親は赤ちゃんの顔を見て、「ん? なんだろう?」と思いました。

 それは赤ちゃんの顔つきがちょっと独特だったからです。この時、母親は33歳でした。だから、障害児が生まれてくる可能性などはまったく考えていませんでした。だけど、なんとなく知識として、ダウン症の子どもがどういう顔つきをしているかは知っていました。

【名畑文巨のまなざし】  ダウン症は21番目の染色体が1本多いことから発症します。ダウン症のはるなちゃんを育てるお母さんは、福祉団体の相談員からこんな話を聞きました「ダウン症だからってできないことばかりじゃない。1本多いんだから、他人よりできることもあるんじゃない?」お母さんはこの言葉が大好きだそうです。京都府にて。

【名畑文巨のまなざし】
 ダウン症は21番目の染色体が1本多いことから発症します。ダウン症のはるなちゃんを育てるお母さんは、福祉団体の相談員からこんな話を聞きました。「ダウン症だからってできないことばかりじゃない。1本多いんだから、他人よりできることもあるんじゃない?」。お母さんはこの言葉に励まされたそうです。京都府にて。

 帝王切開の手術が終わって一段落した頃、母親は産科の先生から二つのことを告げられました。一つは、赤ちゃんに心雑音があること、そしてもう一つは、ダウン症の可能性があるということです。この言葉を聞いて、母親の心はぐちゃぐちゃに乱れました。「やはりそうなのか、自分の子は障害児なのか……」という思いと、「いや、何かの間違いかも」という思いが入り交じりました。

 しかし、新生児室で眠っているわが子の顔を見ていると、頭の中で「ダウン症」という言葉がどんどん大きくなっていきます。医師からは千葉大病院への紹介状を渡されて、診察を受けるように言われました。母親の不安は日増しに高まっていきました。赤ちゃんの誕生を待ちに待っていた夫に向かって、「障害児を生んでごめんね」と謝りました。そして、看護師には、赤ちゃんを新生児室でほかの赤ちゃんと並べないでと言いました。障害を持ったわが子を他人の目に (さら) したくないと思ったからです。

看護師の優しさに涙があふれ

 すっかり落ち込んでいる母親を見て、看護師が声をかけてきました。

 「つらいの? 泣いてもいいよ。泣く部屋ならいっぱいあるよ」

 母親は空き部屋の個室に入りました。障害児を授かったことに涙が出るかと思ったのですが、涙は出ませんでした。その代わりに看護師の優しさに涙が (あふ) れました。

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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち

 生まれてくる子どもに重い障害があるとわかったとき、家族はどう向き合えばいいのか。大人たちの選択が、子どもの生きる力を支えてくれないことも、現実にはある。命の尊厳に対し、他者が線を引くことは許されるのだろうか? 小児医療の現場でその答えを探し続ける医師と、障害のある子どもたちに寄り添ってきた写真家が、小さな命の重さと輝きを伝えます。

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松永正訓(まつなが・ただし)

1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業、小児外科医になる。99年に千葉大小児外科講師に就き、日本小児肝がんスタディーグループのスタディーコーディネーターも務めた。国際小児がん学会のBest Poster Prizeなど受賞歴多数。2006年より、「 松永クリニック小児科・小児外科 」院長。

『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて13年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。2018年9月、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)を出版。

ブログは 歴史は必ず進歩する!

名畑文巨(なばた・ふみお)

大阪府生まれ。外資系子どもポートレートスタジオなどで、長年にわたり子ども撮影に携わる。その後、作家活動に入り、2009年、金魚すくいと子どもをテーマにした作品「バトル・オブ・ナツヤスミ」でAPAアワード文部科学大臣賞受賞。近年は障害のある子どもの撮影を手がける。世界の障害児を取材する「 世界の障害のある子どもたちの写真展 」プロジェクトを開始し、18年5月にロンドンにて写真展を開催。大阪府池田市在住。

ホームページは 写真家名畑文巨の子ども写真の世界

名畑文巨ロンドン展報告

ギャラリー【名畑文巨のまなざし】

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6件 のコメント

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作業所は工賃安い

みい

職業訓練だから、仕方がないけど、辛いわ。 作業所だから当たり前、と思うかもしれませんが、子供が生まれてから病院、療育通いして、毎日手間暇かけて育...

職業訓練だから、仕方がないけど、辛いわ。
作業所だから当たり前、と思うかもしれませんが、子供が生まれてから病院、療育通いして、毎日手間暇かけて育てて、なんだかなあって思います。
適当に育てても、健常児は普通に話せて日常生活できるようになるもんね。健常児が羨ましい。将来に希望が全く無い。

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500円+αをどう考えるか? 難解な問題

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

月給500円は議論の的のようですね。 人は何故目先の数値や結果に囚われるのか? 「分かりやすい」からだと思いますが、ものや物事の持つ多面性を無視...

月給500円は議論の的のようですね。
人は何故目先の数値や結果に囚われるのか?
「分かりやすい」からだと思いますが、ものや物事の持つ多面性を無視すると本質はたどり着けないのではないかと思います。

働いて得た500円と、働かずにして得た500円に差はあるでしょうか?
あると言えばあるし、無いと言えば無い。
複数の解釈が存在することと、それに伴って喚起される思考や感情の多様性がカギです。

この子がハンデを克服して、月給500円の仕事をこなすために、どれだけの人間が関与したのかを考えれば、この子自身が手にしたのが500円だとしても、総額としてはもっともっと価値があるとも言えます。
僕もそれがいくらか分かりませんが、小児外科に関わるスタッフや親御さんからすれば多分価値があるのではないかと思います。
海に浮かぶ流氷の水面下に氷の本体があるのと同じです。
そして、それを達成するために、様々な人やモノ、情報の繋がりが形成されることもポイントです。

本文にもある通り、+αの情報が見えるのは、過去を知っているからです。
特殊な発達や疾患の理解の意味でも、少数派の意見を全ての人に納得して、共感してもらうのは無理だと思います。

あるいは、「こういう世界もある」というスタンスの方がより多くの人に受け入れられやすいのかもしれません。

僕もサッカー理論を医学や画像診断に応用するという少数派ですから、理解されないということの意味はよく分かっています。
僕からすれば、団体競技を通じて身体感覚や味方を使い、味方に使われる意識を育てていない医師の方が頭がおかしいと思うのですが、普通の医師からすると僕がおかしいらしいです(笑)。

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例え500円でも月給は嬉しかったはず

肢体不自由児の母

彩香さんは今まで、お母さん含めて周りから何かと助けてもらうことの多い日々だったと思います。そんな我が子がお金を得る働きができたとお母さんはきっと...

彩香さんは今まで、お母さん含めて周りから何かと助けてもらうことの多い日々だったと思います。そんな我が子がお金を得る働きができたとお母さんはきっと嬉しい報告を先生にされたと思います。そのお母さんの表情を見て先生は素敵なことと思われたのでは。

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