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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

診療記録をめぐる課題(上) 保存義務期間が短すぎる

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記録の不備は患者に不利益をもたらす

 記録の保存が不十分だと、いろいろな不都合が起きてきます。診療のために、過去の手術や投薬などの情報が必要になっても確認できません。障害年金の請求では、病気やけがの初診日がいつだったかという証明を原則として求められるのに、医療機関の記録がなくなっていて請求をあきらめざるをえないケースがしばしばあります。

 医療過誤や薬害との関係ではどうでしょうか。現行の民法が定めている損害賠償請求権の時効は、債務不履行(契約違反による損害)という法律上の理由に基づく請求なら、権利を行使できる状態になった時から10年。不法行為(故意または過失による損害)という理由の請求なら、損害と加害者を知った時から3年、行為があった時から20年です。カルテでさえ5年にすぎない保存義務期間は、民事上の請求可能期間をカバーできていません。

 健康上の被害は直ちに生じるとは限りません。薬害肝炎、薬害ヤコブ病のように発症に年月がかかる場合は、被害がわかった時から時効の計算が始まるので、実は、医療行為から20年たっても請求の可能性は消えません。

 血液製剤によるC型肝炎ウイルス感染や予防接種によるB型肝炎ウイルス感染では、裁判で国の責任が認められた結果、国が給付金を出す制度ができていますが、投与や接種の記録がなくなっていて、給付金を請求できない人が少なくありません。記録保存の不十分さが、現実に被害救済を妨げてきたのです。

 2020年4月から施行される改正民法では、時効のルールが変わります。人の生命・身体の侵害に対する損害賠償請求権の時効は、法律上の理由を問わず、被害者側が損害と加害者を知った時から5年、または客観的に見て権利を行使できる状態になった時から20年となります。賠償について協議すれば一定期間、時効の完成が遅くなる制度も導入されます。

日本医師会は永久保存を提唱

 実際には、診療記録を長く保存している医療機関はたくさんあります。近年は診療記録の大部分を一体的に管理する電子カルテシステムを用いる医療機関が増えました。

 日本医師会の「 医師の職業倫理指針 第3版 」(2016年)は、そうした状況も踏まえ、「診療諸記録の保存期間は、診療録(カルテ)の保存期間と同じになるべきである。電子媒体化に伴い、永久保存とするべきである」と提唱しています。以前の版では、「法律の定めにかかわらず、最小限10年間保存することが望ましい」としていたのに比べ、主張内容を大幅に強めました。

医療法改正で保存義務を20年に

 すべての診療記録の法律上の保存義務を、改正民法の内容を踏まえて、少なくとも20年間にできないでしょうか。診療所を含めて、すべての医療機関、すべての診療記録を対象にするには、医療法の改正がよいように思われます。また医療機関が廃止になる場合、責任者を決めて保存するよう行政が指導していますが、確実に保存されるか不安が残ります。紙の記録の置き場所に困る場合もあるので、電子化して保管する専門の機関を設けてはどうでしょうか。(原昌平 読売新聞大阪本社編集委員)

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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