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医療部発

コラム

悪魔ばらいから医療へ

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「抗NMDA受容体脳炎」の真実知って――映画「彼女が目覚めるその日まで」

悪魔ばらいから医療へ

病気の実像を伝えたい。映画に期待する原作者のスザンナさん

 幻聴が聞こえる、のけぞる、手足をばたつかせる……かつては悪魔 (ばら) いの対象とされた。しかし、それは脳に生じた異常によって起きる症状だった。「抗NMDA受容体脳炎」。

 この病気を患ったアメリカ人女性スザンナ・キャハランさん(32)の、発症から回復までの実話を描いた映画「彼女が目覚めるその日まで」(配給:KADOKAWA)が16日から公開される。公開に先立ち来日したスザンナさんが、作品への思いや、この病気について語った。

「つらくて怖い病」

 「この病がいかにつらくて怖いか、よく描かれています。患者の周りの人がどんな体験をしているかも捉えられている。この病気を患った方にも満足してもらえたらと思う」とスザンナさんが、映画の感想を語る。

 スザンナさんは、ニューヨーク・ポスト紙の記者で、24歳の時に発症した。回復後に取材して書いた闘病記「Brain on Fire」(邦訳は「脳に棲む魔物」KADOKAWA刊行)がこの映画の原作となっている。2010年公開の「キック・アス」でブレイクしたクロエ・グレース・モレッツが、スザンナさん役を演じる。

感情コントロールできず、全身が硬直

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映画「彼女が目覚めるその日まで」から
©2016 On Fire Productions Inc.

 この病気は、免疫の異常である自己免疫性脳炎の一つ。本来はないはずの抗体ができて、脳の神経にあるNMDA受容体という部分にくっついてしまうことで発症すると考えられている。感情のコントロールができなくなり、精神疾患に似た症状が出て、意識障害、のけぞり、手足のばたつきなどが起こる。現在では、適切な治療によって、ゆっくり回復していく人が多い。

 映画の中でも、インタビュー相手を侮辱したり、興奮して机の上に立ち上がったりするシーンが印象的だ。その後、全身の硬直が進み、話もできなくなってしまうスザンナさん。当時の記憶はあまり残っておらず、両親の日記や診療記録から、闘病中の自身の様子を知ったという。

 「でも、入院直前の自分の日記は周りの人を傷つけることになると思ったので描きませんでした。私自身は、昔から自分をさらけ出す性格なので、こうして公にすることに不安はなかったんですよ」と笑う。

知られざる病 患者に正しい治療を

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映画「彼女が目覚めるその日まで」から
©2016 On Fire Productions Inc.

 スザンナさんが原作を執筆したのは、自身の経験を伝えることで、同じ病にかかり、正しい治療に結びつかない人を1人でも減らしたいと思ったからだ。

 近年、明らかになってきたこの病気は、まだ広く認識されているわけではない。スザンナさんも、原因が分かるまで医師が何人も代わったという。免疫グロブリン製剤の点滴などで治療し、地道なリハビリの末、回復した。

 「診断して終わりではなく、いろいろな専門家がお互いにコミュニケーションをとって、総合的に治療していくことが大事だと思う。私の場合、免疫、リウマチなどの専門的な医者が必要で、さらに回復途中には、言語聴覚士や作業療法士が必要でした。私の国の医療体制は、長期的、総合的に診てもらえる状況ではない。早く体制が整うといいですよね」

 しばらくは体調不良になるたびに再発を心配していたが、今では意識することは少なくなった。だが、自身の体に対する考え方は大きく変わったという。自分の体のもろさや、自分の意思ではどうにもならないことがあると分かった。体と対話するようになった。

執筆過程で知った科学への興奮

 執筆する中では発見もあった。

 「科学的なことを知る過程がすごくおもしろかったんです。科学は高校生で勉強したぐらいだったから。初稿では、2倍ぐらい科学の情報を盛り込んでいました。編集者のアドバイスで、『あなた自身に共感してもらえることが重要』と言われて削ったのですが……。私が感じた科学への興奮も、伝わればいいなと思います」

 映画は16日(土)から、角川シネマ有楽町(東京)で公開。全国の映画館でも順次、上映される。(鈴木希 医療部)

【略歴】

鈴木 希(すずき・のぞみ)

2017年2月から医療部。臓器移植や感染症、小児医療、乳がんについて取材。趣味はカラオケ。

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医療部発12最終300-300

読売新聞東京本社編集局 医療部

1997年に、医療分野を専門に取材する部署としてスタート。2013年4月に部の名称が「医療情報部」から「医療部」に変りました。長期連載「医療ルネサンス」の反響などについて、医療部の記者が交替で執筆します。

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3件 のコメント

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KGBに学ぶ、医学情報の表裏とその取扱い

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

ドラッカーは「IT化が進むほどに、一番の問題はITではなくなる」と言いました。 一見奇妙ですが、冷静になると、ITデータに昇らないデータ、ITと...

ドラッカーは「IT化が進むほどに、一番の問題はITではなくなる」と言いました。

一見奇妙ですが、冷静になると、ITデータに昇らないデータ、ITとの付き合い方、ITを巡る認識の違い、ITが潰された時の対策など、アナログの問題が山ほどあることに気付きます。
また、ITによる情報共有が、それまで知られなかった様々な非ITの問題を浮き彫りにしました。

論文の論拠になるデータや統計もそうで、解析対象外になった患者や所見、データに重要な情報が存在する場合もあります。
(一番の問題は手術者や診断医の技量や体調が無視されることですが)

医師が忙しい場合や様々な事情が重なって論文や議事録にならないこともあります。

最近ドラマになった病理医の漫画でも、製薬企業主導の治験の実態が書かれていました。
HONEST ERRORの一言で済まされた、バルサルタン捏造論文のデータも、一部施設では警察や検察が動き出す前に関連画像などを含むデータの消去に動いたことが知られています。

数値操作に比べると、画像の操作は難易度が高いので、最後は関わる人間の始末とそれを理由にしたデータの消去が行われます。

ロシアのプーチン首相がKGBでの赴任先ドレスデンでデモに遭遇した後は、機密書類をすべて焼却したらしいですが、文明が進歩してもしなくても、人間のやることは一緒で、歴史を知ると応用が利きます。

本文を眺め直して、その気になれば、患者や新聞記者の方が、医師よりも時間をかけて疾患や治療を理解できる可能性があることに気付きました。
普通の医師は専門以外の疾患や非典型例など知らないこともあります。

知られざる病を知ってしまうことは、知恵の実やパンドラの箱の逸話に重なるような気もしますが、それも運用次第だと思います。
いずれ、新聞記者によって新しい疾患概念が提唱される時代も来るのかもしれません。

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今の科学の限界と未来の可能性 HPV

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

国内の子宮頸癌ワクチン研究者が、海外の一流科学機関の表彰を受けました。 日本人としては誇らしい事です。 一方で、日本の神経内科の専門誌や専門学会...

国内の子宮頸癌ワクチン研究者が、海外の一流科学機関の表彰を受けました。
日本人としては誇らしい事です。

一方で、日本の神経内科の専門誌や専門学会から、副反応問題の報告があります。
産婦人科医と神経内科医に意見の相違はありますが、メリットとデメリットのバランスで医科学は推進されるべきです。

NMDA受容体脳炎の症状の記載も子宮頸がんワクチンの副反応報告に似ていますが、がん撲滅のメリットと希少でも重篤な副作用のデメリットのバランスの評価は難しいものです。
産婦人科医も若手も伸び悩んでいますので、子宮頸がんの予防は今の数字以上の意味が今後考えられますが、ワクチンの改良も含めて議論されるべきでしょう。

個人的には、他のワクチン接種後の脳炎(ADEM)は知られているので、子宮頸がんワクチンも製剤のウイルスなり、保存物質による、直接あるいは間接的な影響の存在を疑ったうえで経過観察は必要と思います。

脳のCTやMRIの所見も撮像のタイミングや種類によって、写る写らないがあります。
(特殊撮像や高磁場MRIでないと写らない病変もあります。)
だから、脳卒中では経過観察の撮像をしばしば行います。

そのへんは、ワクチンと数値データの専門家と、神経内科医や放射線科医のようにたくさんの脳の画像診断をしている人間の間に意見の相違があるのだと思います。

それくらい、科学の進歩は素晴らしく、今見えないものに敬意を払ったうえでリスクを取る必要があると思います。

邦題は「(悪魔を払って)科学に目覚める」とかけているのかもしれませんね。

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科学の限界との向き合い方 監察医制度

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

実は脳神経の画像診断の専門家の間でも、まだまだ脳機能や脳疾患はブラックボックスだらけという認識です。 機械の進歩で3次元的な解析も進みましたが、...

実は脳神経の画像診断の専門家の間でも、まだまだ脳機能や脳疾患はブラックボックスだらけという認識です。
機械の進歩で3次元的な解析も進みましたが、時系列も含めた4次元的な解析や、過去の研究の不完全性の修正や身体疾患との関連なども含めると未知のことだらけです。

抗NMDA受容体脳炎に習熟した人は医師でも多くないでしょうし、むしろ、疑わしい症状や検査結果を踏まえて専門医に送ることができれば合格点をもらってもいい診療だと思います。

小児の熱性けいれんなんかもそうですが、一般人の感覚からすれば、宗教や狂気の世界にも見える中枢神経や末梢神経の疾患の世界。
(勝俣先生のトンデモ医学のコラムにも繋がります。)

細かい論理は無視して、大雑把にでも共有できれば社会での医療の運用もまだましになるでしょう。

大阪府監察医制度の存続もニュースになりましたが、たとえ不完全であっても、医科学知見の共有や監察医などのブレーキがあるのとないのとで、医療安全のレベルは変わります。

悪魔も神も、人間やその理解を超越した存在として共通です。
科学の理論やその不完全性と向き合うことで、より良い生活や社会を形成できるのではないかと思います。

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