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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

コラム

「すべての国民の生存権」…様々な視覚障害者を救う根本の精神とは

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「すべての国民の生存権」…様々な視覚障害者を救う根本の精神とは

 今年10月に行われた総選挙の結果、憲法改正に前向きな国会議員が、3分の2を超える情勢になっています。しかし、改正の議論を見ていると、話題になるのは9条ばかりです。

 私はむしろ、25条で規定している「生存権」の方が気がかりです。

「患者」や「障害者」への気配りが…

 25条の条文は以下の通りです。

 「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」

 日本国民の生存権を保障しており、国はそれを向上、増進させる義務を持たなければいけないという精神が書かれています。

 ここで注意したいことは、「すべての国民」というところです。

 すべての国民ですから、生まれたばかりの子どもから、死ぬ寸前の高齢者も当然含みます。病気の患者や障害者も、もちろん含まれています。

 そうであるなら、健康で通常の社会生活ができる人々より先に、「弱者」である子どもや高齢者、患者や障害者に対してこそ、国は気を配らなければならないはずです。

 しかし、今度の選挙で掲げられた各党の公約の箇条書きを概観しましたが、「子ども」や「高齢者」という言葉は時々出てくるものの、「障害者」や「患者」をキーワードにした項目は一つとして見つかりませんでした。票にはつながりにくいからだろうと勘ぐってしまいます。

日常生活や仕事が困難に…救済されない「現実」

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 「生存権」に関しては、理想の民主主義の社会を実現するという憲法の精神に基づいて、国民の生存に必要となる社会福祉や社会保障関連の法律が作られてきました。それは当然の話です。

 ところが、一度法律の文章ができてしまうと、その文章に忠実に従うあまり、その法律を作った基になる「すべての国民の生存権の保障」という精神が実現されないことがあるのです。

 視覚障害でいえば、このコラムでもたびたび取り上げましたが、「眼球使用困難症候群」や「重症筋無力症」などで、上瞼うわまぶたが下がって目を開けられない「 眼瞼下垂(がんけんかすい) 」や、ものが二つに見える「複視」という症状が、様々な原因によって悪化することがあります。そのような場合でも、現行の法律では障害者に認定されません。何らかの病気やけがで片側の目を失明した場合も同じです。日常生活が不自由になったり、仕事ができなくなったりするケースもあるのに、救済されないのです。

 これから国会でも、国民の間でも憲法論議が本格化しそうですが、憲法9条ばかりでなく、他の条文の中にも、まだ理想だけで実現されていないところや、解釈が妥当なのかどうか、この際冷静に検証すべきではないでしょうか。(若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。北里大学医学部客員教授、日本神経眼科学会理事長などを兼務し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ、副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人---心療眼科医が本音で伝える患者学」(春秋社)、「健康は眼に聞け」(同)、「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、医療小説「高津川 日本初の女性眼科医 右田アサ」(青志社)、「茅花流しの診療所」(同)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・執筆活動のほか、NPO法人などのボランティア活動に取り組む。

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