文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち 松永正訓

医療・健康・介護のコラム

脳に重い先天奇形がある男の子 神様と共に生きる

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

義母は「流産を祈っていた」

 母親はこれまでに嫌なことも経験しました。義母には「流産するように祈っていた」と、賛君が生まれた後に言われたこともあります。自分の父も、あまり家に寄りつかなくなりました。医療スタッフも、妊娠中の賛君の成長を喜んでくれるような言葉を、ほとんどかけてくれませんでした。

 しかし母親は、否定的な思いを賛君に対して抱いたことは、一度だってありません。賛君が生まれた時、産声はなく、すぐに挿管の処置を受けましたが、息子が生きているだけで感激の涙を流しました。父親も同じです。賛君の状態が落ち着くと、満面の笑みで賛君を抱き、一緒に写真に納まったのでした。

すべてあるがままに

 妊娠中は、死産になる可能性も考えていたそうです。夫婦は牧師に葬儀を依頼し、 ひつぎ に入れるときの小さなベビードレスを縫い、赤ちゃんの誕生死に関する本を読んでいたのです。賛君の命は生まれる前から死に脅かされていたと言えます。その恐怖を乗り越えることができたのは、「祈りしかない」と母親は言います。

 そして、ちょっと変わった顔貌のわが子を受け入れること、重い障害を受け入れることがどうして可能だったのか、こう述べます。

 「私たち夫婦は芸術を 生業なりわい にしているので、美醜については普通と少し違う感覚を持っているかもしれません。賛の顔の中で鼻が特に 可愛かわい く思うほどです」

 母親が続けます。

 「重い障害を持った子を受け入れるもなにも、自分の子を殺したい親はいないと思います。すべてあるがままに自然に生かされているだけです。私たちが胎児の命を絶つ権利など持っていません。中絶は選択肢ではありません。障害児が生まれることは、誰にでも起こることです。神様の何かのご計画かな?と思っただけですんなりと受け止めました」

生きている喜び 幸福な毎日

 賛君には、恐ろしい病名がたくさん付いています。しかし母親はそれらを、単なる賛君の取扱説明書くらいにしか思わないそうです。つまり、本質ではないということです。何よりも大事なことは、賛君が生きているということ。そして、そのことに喜びを両親は感じるのです。現在は小児科の先生も賛君の成長を喜んでくれています。この家族は神様と共に幸福な毎日を作り続けている――私にはそう思えました。(松永正訓 小児外科医)

2 / 2

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

inochihakagayaku200

いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち

 生まれてくる子どもに重い障害があるとわかったとき、家族はどう向き合えばいいのか。大人たちの選択が、子どもの生きる力を支えてくれないことも、現実にはある。命の尊厳に対し、他者が線を引くことは許されるのだろうか? 小児医療の現場でその答えを探し続ける医師と、障害のある子どもたちに寄り添ってきた写真家が、小さな命の重さと輝きを伝えます。

matsunaga_face-120

松永正訓(まつなが・ただし)

1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業、小児外科医になる。99年に千葉大小児外科講師に就き、日本小児肝がんスタディーグループのスタディーコーディネーターも務めた。国際小児がん学会のBest Poster Prizeなど受賞歴多数。2006年より、「 松永クリニック小児科・小児外科 」院長。

『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて13年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。2018年9月、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)を出版。

ブログは 歴史は必ず進歩する!

名畑文巨(なばた・ふみお)

大阪府生まれ。外資系子どもポートレートスタジオなどで、長年にわたり子ども撮影に携わる。その後、作家活動に入り、2009年、金魚すくいと子どもをテーマにした作品「バトル・オブ・ナツヤスミ」でAPAアワード文部科学大臣賞受賞。近年は障害のある子どもの撮影を手がける。世界の障害児を取材する「 世界の障害のある子どもたちの写真展 」プロジェクトを開始し、18年5月にロンドンにて写真展を開催。大阪府池田市在住。

ホームページは 写真家名畑文巨の子ども写真の世界

名畑文巨ロンドン展報告

ギャラリー【名畑文巨のまなざし】

いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち 松永正訓の一覧を見る

55件 のコメント

コメントを書く

生きるとはなんなのか。

喋るヤギ

この子は産まれてきて生きてはいるが生きてはいません。 この子は親の為だけに産まれてただ存在しているのでしょう。 生かされているのは親のほう。 こ...

この子は産まれてきて生きてはいるが生きてはいません。
この子は親の為だけに産まれてただ存在しているのでしょう。
生かされているのは親のほう。
この子が幸せかどうかは...誰にもわからない。
親が自分でそういう選択をしたのならそれで良いです。
他人がどうこういうことではない。
ただ私ならば....とは思ってしまう。
これは子供にとっては苦しみではないのかと....。

つづきを読む

違反報告

命をどう捉えるかの違い

うま

医療や福祉に生かされること自体を自然じゃないと考える人が多いみたいだけど、そうだろうか。世の中に強い人と弱い人の両方が存在するのは、強い人が弱い...

医療や福祉に生かされること自体を自然じゃないと考える人が多いみたいだけど、そうだろうか。世の中に強い人と弱い人の両方が存在するのは、強い人が弱い人を助けるためだと思うのだけど。自分の目や耳や手や足は、体が不自由な人の代わりになるために神様が付けてくれたものだと、子供の頃から聞いて育った。

自分が弱い時は強い人の世話になるし、強い時は弱い人を助けたい。
失業した時は雇用保険のおかげで命をつないだし、今は裕福になったから、いろんなところに寄付もするし税金もいっぱい払う。人はいつでもそのどちらかを行ったり来たりで、表裏一体の存在で、助けられることも助けることも、人間としてごく自然なことなんじゃないのかな。

つづきを読む

違反報告

鬼灯

匿名

産まれた子を放棄して死ぬに任せるのは犯罪じゃないのか?

産まれた子を放棄して死ぬに任せるのは犯罪じゃないのか?

違反報告

すべてのコメントを読む

コメントを書く

※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。

※個人情報は書き込まないでください。

必須(20字以内)
必須(20字以内)
必須 (800字以内)

編集方針について

投稿いただいたコメントは、編集スタッフが拝読したうえで掲載させていただきます。リアルタイムでは掲載されません。 掲載したコメントは読売新聞紙面をはじめ、読売新聞社が発行及び、許諾した印刷物、読売新聞オンライン、携帯電話サービスなどに複製・転載する場合があります。

コメントのタイトル・本文は編集スタッフの判断で修正したり、全部、または一部を非掲載とさせていただく場合もあります。

次のようなコメントは非掲載、または削除とさせていただきます。

  • ブログとの関係が認められない場合
  • 特定の個人、組織を誹謗中傷し、名誉を傷つける内容を含む場合
  • 第三者の著作権などを侵害する内容を含む場合
  • 企業や商品の宣伝、販売促進を主な目的とする場合
  • 選挙運動またはこれらに類似する内容を含む場合
  • 特定の団体を宣伝することを主な目的とする場合
  • 事実に反した情報を公開している場合
  • 公序良俗、法令に反した内容の情報を含む場合
  • 個人情報を書き込んだ場合(たとえ匿名であっても関係者が見れば内容を特定できるような、個人情報=氏名・住所・電話番号・職業・メールアドレスなど=を含みます)
  • メールアドレス、他のサイトへリンクがある場合
  • その他、編集スタッフが不適切と判断した場合

編集方針に同意する方のみ投稿ができます。

以上、あらかじめ、ご了承ください。

最新記事