在宅訪問管理栄養士しおじゅんのゆるっと楽しむ健康食生活
医療・健康・介護のコラム
筋肉が減ってしまう、「高齢者の危険な筋トレ」とは?
「食事療法」と言えば、糖尿病や腎臓病などの病名を思い浮かべる方が多いかもしれません。2016年4月、新たに食事療法が栄養指導の対象となった疾患があります。それは、「がん」「 嚥下 障害(飲み込みの障害)」「低栄養」の三つです。
健康なみなさんにはあまりなじみがないかもしれませんが、「低栄養」とは、簡単に言うと「栄養失調」のことです。「必要な栄養に対して、食事摂取量が少ないために起こるタイプ」と「病気や 怪我 、手術などの外的なストレスで起こるタイプ」、さらに両方同時に起こるタイプの3種類があります。
むしろ肥満が問題となっている「飽食の時代」なのに、「低栄養」が栄養指導の対象となったのはなぜでしょうか。
「エアロバイク」で低栄養に!?
宮城県に住む90代の女性Aさんは、週に3日通うデイサービスで「足腰をしっかり鍛えないと」と「エアロバイク」(トレーニング用の自転車)を一生懸命こいでいます。ところが、デイサービスから帰るとぐったり。なんだか食欲もありません。たくさん運動したのに、夕食はごはんとお 味噌 汁だけしか食べず、肉や魚などのおかずはほとんど食べません。
ある日、Aさんは寝室からトイレに向かう廊下で足腰に力が入らなくなり、転倒して足首を骨折してしまいました。結局歩くことができなくなり、要介護状態となってしまいました。
なぜ、しっかりと筋力のトレーニングをしていたのに、このようなことになってしまったのでしょうか。実はAさんは、運動量に対して明らかに栄養摂取量が足りなかったため、筋力が低下してしまったのです。これは「筋トレをすることで、むしろ筋肉を減らしてしまった状態」と言えます。
筋トレやリハビリなどをするのなら、しっかりと食べることが大切です。そもそも、90歳の高齢女性に対して、エアロバイクをこぐような運動が適しているのか、正直疑問ではありますが、「しっかり食べて、適度に運動する」ということを頭にいれておかないと、筋肉を増やすどころか減らしてしまう事態に陥ります。シニア世代に人気のウォーキングや登山などでも同じことが言えます。
「高齢者は食が細くても仕方ない」と、食事摂取量が極端に少ないまま放置していると、気づけば寝たきりになってしまう可能性があるのです。
社会との関わりが途切れることで起こる低栄養も
同じ宮城県内の80代の女性Bさんは、夫と仲良く暮らしています。近所の「川柳の会」に2人そろって通うのが楽しみでしたが、足腰が弱ってきたため、集まりに行けなくなってしまいました。徐々に外へ出ることが面倒になり、日常の活動量も減っていきました。
毎日、自宅の椅子に座ってテレビを見ているので、食事の時間になってもおなかがすきません。やがて、夫婦は一つの宅配弁当を2人で半分ずつ食べるようになりました。周囲の人は「お弁当を取って食べているから大丈夫」と安心していたようです。
夫婦の体重はそろって低下していき、とうとうBさんは自力で立ち上がれなくなってしまいました。
Bさんは「趣味の会」に行けなくなったことがきっかけで、生活に張り合いがなくなり、活動量が低下したことで食欲も落ちて、低栄養状態になってしまったのです。食事摂取量を計算してみると、1日合計600キロ・カロリー程度しか食べていませんでした。Bさんに必要なエネルギー量の約半分です。
今回紹介したのは特別な事例ではありません。一人暮らしや高齢夫婦だけの世帯は特に心配です。買い物に出かけても、重いものを持つことができないと、肉や魚、卵、乳製品など筋肉を作る「たんぱく質の豊富な食品」を十分に買えず、「ごはんと味噌汁と漬物」だけの食事になっているかもしれません。今は「ネットで注文できるスーパー」など便利なシステムがありますが、インターネットで買い物ができるような高齢者はごくまれです。
Bさんは要介護状態になる前に、心身ともに虚弱な「フレイル」と呼ばれる状態になっていました。フレイルを予防することが、介護予防につながるとされています。みなさんの身近にも、今まさに「フレイル状態」の方がいるかもしれません。厚生労働省では、フレイルをチェックするための「 基本チェックリスト 」を公表しているので、心配な方は一度みてみるとよいでしょう。
「低栄養」と一口で言っても、原因は人それぞれ。持病の悪化がもたらした可能性もあるでしょう。しかし、病気とは関係なく、ただ栄養状態が悪いことがきっかけで要介護になることもあるのです。(塩野崎淳子 在宅訪問管理栄養士)
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