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精神科医・内田直樹の往診カルテ

医療・健康・介護のコラム

精神科医が訪問診療を始めた理由

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患者さんのホームグラウンドで診るということ

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 初めまして。私は福岡市を拠点に、主に認知症の患者さんを対象に訪問診療を行っている精神科医です。

 今回、ご縁があって連載の機会を得たのですが、私が日々目の当たりにしている在宅医療の現場を皆さまにお伝えすることで、「最近よく耳にする在宅医療ってこういうものなんだ」「精神科医でもこういう仕事をしている人がいるのか」などと実感してもらえるきっかけになれば、と願っています。

 さらに「我が家も訪問診療に来てもらった方がいいかも」「うちのおじいちゃんも家で最期を迎えさせてあげられるかもしれない」「認知症になっても、家族と一緒に暮らし続けられるかもしれない」など、私の連載がちょっと先の希望を膨らませるきっかけになれば、それこそ望外の喜びです。

 私が在宅医療・訪問診療の領域で仕事を始めたのは、ほんの数年前です。長くこの仕事をしている先生方からみれば若輩者です。しかも、地域でやっていこうと決めた当時は、実際の在宅医療についてほとんど何も知らないままでした。

 私がこの世界に飛び込もうと思ったきっかけは、研修医時代に関わったある患者さんのご自宅を訪問したことでした。長期の入院と短い退院期間を繰り返す統合失調症を患っていました。

 入院時の病棟では妄想にさいなまれて大声をあげ、いつも所在なげで、時には攻撃的になり、周囲への関心もほとんどないまま過ごしていたのに、自宅で私を迎えてくれた時には少し笑みを浮かべ、お茶でもてなしてくれたことが大きな驚きでした。また、ご家族が話してくれたこの患者さんの幼少期の姿や親子の関係性、それに発症前後の様子といった情報は、病棟や診察室ではとても得られない質と厚みのあるものでした。

 これが、患者さんのホームグラウンドでその人を診ることの価値を思い知らされた最初の体験でした。

 その後の十数年、大学病院を中心に、入院、そして外来患者さんの治療に努めてきました。医局を基点に先輩医師らからの手厚い指導を受けながら患者さんの治療に当たれた経験は、私の精神科医としての大切な財産のひとつです。一方で、医療保険制度のため、患者さんが入院していられる日数の制限を常に気にしながらの治療を余儀なくされることが少なくありませんでした。

 限られた時間内に大勢の患者さんを診なければならない外来では、待合室の混雑を気にしながら、目の前の患者さんの診察を短時間で切り上げざるを得ないこともあり、いつもジレンマを感じていました。

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内田直樹(うちだ・なおき)

医療法人すずらん会たろうクリニック(福岡県福岡市東区)院長、精神科医、医学博士。1978年長崎県南島原市生まれ。2003年琉球大学医学部医学科卒業。福岡大学病院、福岡県立太宰府病院を経て、10年より福岡大医学部精神医学教室講師。福岡大病院で医局長、外来医長を務めた後、15年より現職。日本精神神経学会専門医・指導医、日本老年精神医学会専門医、NPO法人日本若手精神科医の会元理事長。在宅医療の普及を目指して「在宅医療ナビ」のサイト運営も行っている。編著に「認知症の人に寄り添う在宅医療」(クリエイツかもがわ)。

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