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3件 のコメント

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「あなたは悪くなかった」

ひふみ

私も子どもの頃被害に遭いました。
自分が悪いのではないとわかったのは、大人になってから。
夫となる人に話したとき、すごく怒ってくれて、
「許せない!!きみは許せるの?」って聞かれた時です。

「許す?!どういう意味?」
「まだ許せない気持ちがある?」
「え〜と…許すとか考えたことなかった。私が馬鹿だったし」
「その人が、あなたにすごくすごく悪いことをしたんだよ?!
 まさか、そんな目に遭ったのは自分のせいだなんて思ってるんじゃないだろうね」
「………(そう思ってた!!!)」

親や警察にいろいろ追求された時間は、実際の被害の記憶よりも鮮やかにトラウマになり、自分が馬鹿だったと、いつも恥じていました。
他の部分は成長して、いろんな考え方を学んでも、あの事件については心が成長する機会もなく、子どもの時に傷ついたままだったのです。
「あなたは悪くなかった」これがわからない被害者が、きっと他にも多過ぎるほどいるはず。

それ以来、機会があれば、性犯罪の被害者に「あなたが悪かったからではない」と伝えようとしています(私から直接ではなくても、親や支援団体を通じて)。
先生がこうしてコラムに書いてくださって嬉しいです。

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ドライブレコーダー的なものを設置すれば…

キャベツ

今回の記事を読んで、確かに未就学児の意見をどう取り扱うのかは難しい問題であると気づけました。この問題は、その他多くの虐待においてもあてはまると感じます。
そういう意味で、保育園などにカメラを設置して要求があれば確認が出来るようなシステムは、今よりもう少し広まってもいいかもしれません。
(しかし、些末にとりあげられたら、まともに運営できない気もしますが…)

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冤罪の可能性だって考慮することは重要

haruo

「娘はどのようにその事実を証明すればよいのでしょうか。」
それは容疑者だって全く同じです。自分が、預かっている子供や自分の子供に性的虐待を行っているとして誤認逮捕された場合に、どうやって無実を証明できるのでしょうか。肝心の子供が有罪と証言している場合、それを社会が無条件に信じたら、無罪を証明する方法は皆無です。

1980年代のアメリカの一連の悪魔的儀式虐待のように、様々な要因からの冤罪は存在するし、だからこそ「絶対有罪」とか「絶対冤罪」とかといった決め付けではなく、どちらも検証する必要があるのだと思います。そのためには、被害者の証言が信憑性があるものなのか、取調べが誘導尋問になっていないか、などのポイントは双方の視点から検証されるべきです。

冤罪というなんておかしいという主張は、ベクトルが反対なだけで、絶対冤罪と言い切ることと何ら変わらないと思います。

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