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命の絆 臓器移植法20年

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[命の絆 臓器移植法20年](3)「まず回って来ない」移植順番、摘出から長時間経った肝臓にリスクあったが…

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「まず回って来ない」移植順番、摘出から長時間経った肝臓にリスクあったが…

移植担当医の笠原群生医師(右)と福田晃也医師(左)に近況を話す井上昭太さん(東京都世田谷区の国立成育医療研究センターで)=奥西義和撮影

 体を揺すられて目覚めたのは、夜明け前だった。

 「ドナー(臓器提供者)が出た。でも摘出から長い時間がたった肝臓で、リスクがある」

 5年前の秋、早朝5時前。東京都世田谷区の自宅にいた井上昭太さん(22)は電話ごしに、医師の張りつめた声を聞いた。

 代謝異常の難病を抱えて生まれた。この病気は、肝臓でアンモニアが解毒できず、血液中にたまると 嘔吐おうと やけいれん、意識障害を起こし、命にかかわることも。たんぱく質を控えた厳しい食事制限でしのいできたが、高校生になって度々発作を起こした。肝臓移植は、唯一の治す道だった。

 とはいえ急激に悪化する病気ではない。ドナーが少ない日本。「移植の順番なんて、まず回って来ない」。そんな気もしていた。

 電話の主は、自宅近くの国立成育医療研究センターで移植を担当する笠原 群生むれお 医師。そのとき、岩手県盛岡市にいた。

 前夜、東海地方のドナーから岩手医科大学病院の患者に肝臓が移植されることになった。応援を頼まれた笠原医師は、ドナーのいる病院に出向き肝臓を摘出。肝臓とともに空路、岩手に移動したが患者の容体が急変。移植できなくなった。

 日本臓器移植ネットワークはドナーが出ると、臓器ごとの待機者のうち、重症度などに応じた優先順位に沿って意思確認していく。いったん決まった移植が見送られ、夜半過ぎに患者選定は振りだしに戻った。

 「昭ちゃんにチャンスが来るかもしれない」。笠原医師の頭に井上さんが浮かんだ。ドナーの肝臓は健康できれいだ。血液型も一致している。ただし、井上さんより上位の患者は多いはず。脳死肝移植は、摘出から12時間以内に行うのが許容範囲とされるが、すでに4時間ほどが経過。手術までに肝臓はもつだろうか。

 残り時間が限られているだけに30人余は断り、37番目に井上さんに回ってきた。笠原医師の電話をいったん切り、両親と話した。移植しても、20~30%の確率で肝臓が働かないリスクがあるという。心配する母(48)に、父(47)は言った。

 「もう子どもじゃない。本人の意思を尊重しよう」

 井上さんは電話をかけ直した。笠原医師の緊迫した声が飛び込んできた。

 「昭ちゃん、始発の新幹線に乗らないと間に合わない」。電話口で救急車のサイレンが聞こえた。

 「わかった。受けるよ」

 笠原医師らは救急車に飛び乗り、駅に向かった。新幹線は満席で、立ち通し。肝臓を入れたクーラーボックスは、20キロはある。ストラップが肩に食い込んだ。

 午前9時半過ぎに同センターに到着。手術室では、麻酔で眠る井上さんを囲み、主治医の福田晃也医師らが待ちうけていた。移植は無事終了。井上さんは術後の合併症を乗り越え、約2か月後に退院できた。経過は順調で、いまでは大学に通い、スキーにも打ち込む。うれしいのは、何でも食べられること。「僕の世界は変わった」。それが実感だ。

 「日本では移植のチャンスが極端に少ない。だから患者に厳しい決断を迫らざるをえない」。福田医師はつらい現実を語る。あの機会を逃していたら、次は巡ってこなかったろう。

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