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コラム

『大学病院の奈落』 高梨ゆき子著

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『大学病院の奈落』 高梨ゆき子著

 群馬大学病院で2011~2014年に、腹腔鏡を用いた肝切除術で8人もの患者が術後早期に死亡した。執刀医はすべて同じ外科医であった。事態を重くみた大学病院は調査に乗り出したが、それには時間がかかり、この「事件」は世間から忘れつつあったというのが実際であろう。著者である読売新聞の高梨記者は、圧倒的な取材力によって、この「事件」の本質に迫っていく。医療担当の記者とはいえ、医療従事者でない人が医療の内幕を深く掘り下げていく姿は見事である。一気に引き込まれた。

 「事件」が起きた要因は複合的だが、最も大きかったのは、執刀医の技術が実は稚拙だったということである。そして同時に医療倫理を著しく欠いていたことだ。

 山崎豊子さんの小説『白い巨塔』は、大学病院の過剰な権威主義と個人の倫理観の欠如を描いた作品だ。しかし、皮肉なことに、白い巨塔の中では外科医のヒエラルキー(階層構造)があるために、医局の若手や中堅の医師が拙い手術で暴走するようなことは、普通は起こりえない。

 ところが、群馬大学第二外科は医局の体を成していなかった。通常の開腹手術による肝切除すらきちんと行えない外科医が、難易度の高い腹腔鏡下肝切除に突き進み、教授をはじめ誰もがそれを止められないという異常な事態に陥っていた。

 個人の技量や倫理観の欠如は組織の力で補うべきだが、群馬大学病院にはそれがなかった。群馬県内で最高レベルの医療技術を有するはずの大学病院で、手術関連死が続発したという事実は救いようがない。地方の医師不足・医療制度崩壊が指摘されて久しいが、この地方にはこの程度の教授や執刀医しかいなかったという構造的な歪みが、今回の「事件」の遠因となっている可能性もある。だが、それは患者の側から見れば何の言い訳にも慰めにもならない。最後の砦である大学病院で命を落とした患者と家族の無念さは、察して余りある。

 関連する外科系学会や群馬大学病院は、ようやく再生への道を踏み出そうとしている。本書が単なる告発の本に終わらず、未来への展望に光を当てていることに読者は救われる思いがするだろう。医師と患者の関係や医療の安全、病院の組織論に関心のある読者の期待に、本書はしっかりと応える。医療問題の調査報道として出色の完成度といえるだろう。(松永正訓 小児外科医)=ヨミドクターにコラム「 いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち 」を連載中

(講談社 1600円税別)

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松永正訓(まつなが・ただし)

1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業、小児外科医になる。99年に千葉大小児外科講師に就き、日本小児肝がんスタディーグループのスタディーコーディネーターも務めた。国際小児がん学会のBest Poster Prizeなど受賞歴多数。2006年より、「 松永クリニック小児科・小児外科 」院長。

『運命の子 トリソミー  短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて13年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。著書に『小児がん外科医 君たちが教えてくれたこと』(中公文庫)、『呼吸器の子』(現代書館)など。

ブログは http://wallaby-clinic.asablo.jp/blog/

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