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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

「おくすり手帳」には、決定的な不備がある

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十分な役割を果たせない現状

 ところが処方せんにも、おくすり手帳にも、病名や病状は書かれていません。このため調剤薬局の薬剤師は、病名や病状を正確につかめません。そこで処方された薬の種類から推測して、患者に「○○病と言われたのですか?」「どんな症状があるのですか?」と尋ねたりします。患者にとっても薬剤師にとっても、もどかしいやりとりです。しかも患者が病名を正確に伝えられるとは限りません。

 ということは、病名や病状に合った薬かどうか(薬の適応)という根本的な問題をチェックできていないわけです。薬剤師は、必要なら処方せんを書いた医師に問い合わせる「疑義照会」ができますが、そもそも病名さえ正確につかめない状態では、問い合わせるのに勇気が要るでしょう。

 さらに問題なのは、病気の種類によって、この薬は絶対にダメという「禁忌」や、この薬は要注意というケースがけっこうあるのに、そのチェックがきちんとできないことです。薬による健康被害が起きる可能性が残ってしまいます。

 それでは、せっかく薬剤師がいても、十分な役割を果たせません。なぜ、そんな中途半端なチェック役に長年、甘んじているのか、不思議です。日本薬剤師会に尋ねると「問題意識は持っているが、改善の要望を明確に打ち出してはいない」とのことです。

 処方せんの発行義務は1951年の法改正で医師法・歯科医師法に盛り込まれました。処方せんの記載事項は、医師法・歯科医師法の施行規則が定めています。なぜ記載事項に病名が入っていないのか、厚労省に尋ねても、はっきりしたいきさつはわかりませんが、「当時はまだ、患者に病名を伝えるのが当然という感覚が薄かったからかもしれない」と、医薬・生活衛生局の担当者は話しています。

処方せんに医師が病名・病状を書くことは可能

 改善のためにどうすればよいか。必要なのは、医師が処方せんに病名や主な病状を書くことです。昔と違い、がんや精神病を含めて、病名は患者本人に知らせるのが一般的になりました。もし日本語で病名を書くことに、どうしても抵抗感があるなら、国際疾病分類の記号(ICDコード)で病名を示す方法もあります。

 原則として病名を記載するよう、医師法施行規則を改めることができれば、いちばんです。また現状でも、施行規則が定めているのは最低限の記載事項なので、医療機関の判断で処方せんに病名や病状を書いても問題ありません。京都大病院は2013年10月から検査値、15年4月から病名を必要な場合に記載しています。同様の取り組みをしている医療機関はほかにもあるようです。さしあたり、そういう取り組みを厚労省が推奨してはどうでしょうか。

 電子データとして個人の診療情報を医療機関と薬局が共有する方法もあります。すでに地域医療連携の一環として共有している地域もあります。ただし、病名を含む高度なプライバシー情報をネット利用でやりとりするのは、ミスや不正アクセスで多数の患者の情報が一挙に流出する危険を伴うため、万全の防止策が必要です。

おくすり手帳に自分で書き込んでも

 今でも患者自身がやれるのは、おくすり手帳に病名や病状を自分で書き込み、検査データなども貼っていくことです(他人に絶対に知られたくない病名でなければ)。ただし落とし物や忘れ物をしないよう、十分に注意する必要があります。(原昌平 読売新聞大阪本社編集委員)

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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