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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

コラム

後遺障害基準の一部改正…「複視」の患者には不十分

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後遺障害基準の一部改正…「複視」の患者には不十分

 労災事故や交通事故による外傷などが完治せず、症状が固定して労働能力が失われる「後遺障害」が残った場合、障害の重さによる後遺障害の等級認定により保険金が支払われる仕組みがあります。

 このうち、物が二重に見える「複視」の後遺障害基準が、平成16年7月1日に一部改正されました。

 障害等級での複視は「両眼複視」を指します。これは、左右の目の位置づれによって、物が二つに見える症状です。等級表では正面に複視があるものは第10級、周辺に複視があるものは13級となっており、後者の保険金額は前者より300万円以上低額になります。

 平成16年7月の改正では、次のいずれにも該当するものを「複視を残すもの」とするとして、以下3項目の条件を挙げています。

a.本人が複視のあることを自覚していること。

b.眼筋の 麻痺(まひ) など「複視」が残る明らかな原因が認められること。

c.縦横の線でマス目が描かれたボードを使って両眼の位置のズレを調べる「ヘススクリーンテスト」により、障害のある側(患側)の眼で見た像が、水平方向 (また) は垂直方向の目盛りで5度以上離れた位置にあることが確認されること。

 a、bの2項目は問題ないのですが、何を根拠に「c」を加えたのか、疑問が残ります。

 患者の立場で言えば、見ようとした物の「像」がずれていれば、離れ方の度合いが「2度」であっても、「5度」であっても、「複視」で苦しむのは同じです。

 むしろ「複視」による二つの像の距離が離れているほうが、どちらが真の像で、どちらが虚像か判定することが容易で、虚像を脳のほうで消す「抑制」というメカニズムが働きやすいので、日常生活で見る分には、大きな角度でのずれのほうが有利なことがあります。

 逆に1、2度の小さな目のずれで複視が生じる場合は、左右両眼の別々の像をひとつに統合する「両眼視機能」の低下が考えられます。プリズム眼鏡などを使った治療に反応しにくい頑固さを持ちます。

 加えて、ヘススクリーン検査というのは、多くの場合は患者が左右別々の像が重なるところを指示して、それを検査する側が書き写す形をとる「自覚検査」です。ずれが3度か、5度か、7度かといった微細な数字の違いを問題にできるだけの精密度はなく、眼球が回ることによるずれ(眼球の回旋ずれ)も測れません。目の位置のずれの性質を知るためだけの、いわば半定量的な「定性検査法」なのです。

 しかも、「眼位ずれ」についてはしばしば、一日のうちで度合いが変化する「日内変動」や、その日その日で数字が異なる「日差」があることは、臨床の現場ではよく経験します。固定して測る必要がある顔が少し動いたり傾いたりしただけで、結果は変動するのです。また、測定距離の違うセッティングで検査したり、パソコン画面上で行える測定法もあるので、それぞれの検査結果にどれだけ整合性があるのかは検討されていません。

 一部改正で「5度」という数字を決めた専門家は、これらのことを十分知らないか、知っていても患者の立場を無視している方に相違ありません。

 患者が「複視」を自覚していることを信用できない、つまり患者に寄り添う姿勢がないから、こんな不合理な規則を加えることになったのだと想像してしまいます。(若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人---心療眼科医が本音で伝える患者学」、「健康は眼に聞け」「絶望からはじまる患者力」(以上春秋社)、「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、医療小説「茅花流しの診療所」(同)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組む。

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