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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

自己肯定感が問題のカギ(上)

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 日本の社会には、我慢と協調を求め、自己主張するな、波風を立てるなという傾向が今でも根強く存在します。 前回 に論じた権利意識についても、わがまま、ゴネ得といったイメージを持つ人がけっこういるようです。たしかに、行きすぎた権利主張をする人がいないわけではありません。けれども、まっとうな権利意識は自分を大切に思うことであり、自己肯定感・自尊感情と重なります。自己肯定感・自尊感情は、引きこもり、虐待、依存症といったメンタルな問題や、教育・福祉・社会にかかわる様々な課題を解くカギになります。困難を抱えた人に対して、否定したり責めたりすると、劣等感、自己嫌悪、無力感、自暴自棄など、よくない心理状態にますます追い込んでしまいます。前向きになるには自己肯定感が欠かせないのです。

否定が自信を奪い、状況を悪化させる

 引きこもりの人は、なぜ引きこもるのでしょうか。精神疾患で何かに恐怖を感じているような場合もありますが、多くの場合、引きこもりの人は、他者からどう見られているかを、たいへん気にしています。それが怖くて、外へ出たいのに出られないのです。「いつまでもそんなことでどうする」「甘えるな」などと叱られたら、よけいに自分はダメだと感じます。

 いじめ、児童虐待、DV(配偶者などによる暴力)などの被害者は、自分を否定される体験を重ねる中で、自己肯定感を持てず、自分が悪いと考えてしまうことが少なくありません。加害者の力に支配されていると、そこから逃げるという選択肢も浮かばなくなります。職場のパワハラや過労の問題にも似た面があります。追い込まれた人が逃げ道として自死する悲劇も後を絶ちません。

依存症の根底に低い自己評価

 アルコール、薬物、ギャンブルなどの依存症は、身勝手なダメ人間という見方をされがちです。しかし、これらは行動をコントロールできなくなる病気なので、本人がやめたいと思ってもやめられないのです。なぜそうなるのか。依存する対象の物質自体が持つ力や、発症しやすさの生来の個人差も要因でしょうが、根底には共通して「自己肯定感の低さ」があるようです。

 人生がうまくいっていない、劣等感を抱いている、ストレスが大きい。そういう現実のつらさから逃げるために、酒や薬物に頼って心の痛みを紛らわせるのです。ギャンブルは勝ち負けのスリルに加え、誰でも偶然に勝てることがあり、成功体験を味わえます。

 自分の存在価値や存在のありように自信を持てないから、何かに依存してしまう。いろいろな依存症は「実存の病」と言えるかもしれません。リストカットなどの自傷行為を繰り返す人や摂食障害の人も、自己評価の低さが顕著です。

働けと責めるのは逆効果

 貧困状態にある人々や失業者、生活保護の利用者は、「負け組」になった敗北感や無力感を抱き、引け目を感じていることがしばしばあります。

 とりわけ生活保護には、世間から「怠けるな」「甘やかすな」といったバッシングが強く、労働能力がある場合はケースワーカーが何でもいいから早く働くように、と圧力をかけたりしますが、心理的に弱った状態の人を責めるのは逆効果になりかねません。否定されると、人は嫌な気分になって落ち込みます。まずは自信と意欲を取り戻せるよう、勇気づけることが大切です。そのプロセスを経てこそ、次の段階へ前向きに進めるのです。厳しく締め上げて頑張らせようとする「しごき思想」は、指導に名を借りたパワハラで、教育にも福祉にも合いません。

自己肯定感には2種類ある

 ただし、自己肯定感は2種類に分けられることに注意が必要です。他者との比較による自己肯定感と、自分も他の人もかけがえのない存在だと思える自己肯定感。望ましいのは後者です。この点については、次回に解説します。(原昌平 読売新聞大阪本社編集委員)

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原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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