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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

コラム

事故後遺障害の焦点「目の調節機能」…信頼性乏しい基準と原始的機器で判定

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事故後遺障害の焦点「目の調節機能」…信頼性乏しい基準と原始的機器で判定
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 ある勉強会で、弁護士で琉球大学名誉教授・北河隆之氏の「交通事故訴訟の諸相と現状」と題する話を聞きました。同氏には関連著書が多数あります。

 北河氏の話の中で、目の調節機能障害の事例が紹介されました。

 交通事故の後遺障害の等級認定には、労働者災害補償(労災)保険法施行規則に定められているものと同じものを使います。しかし、視覚障害の項だけをみても、現代の眼科学に照らして合理的とは思えないところや、障害があっても等級にあてはめられる項目がないなど、欠点が少なからずあります。

 北河氏が紹介した事例は、タクシー乗車中に起こった交通外傷で、「 頸椎(けいつい) 捻挫による調節機能障害」の女性に出た診断書です。症状固定日の記載など、いくつか患者さん側に有利でない不備な記載があったのですが、これについては類似の例を本コラム 「行政と医学の言葉の乖離が、患者の不利益に」 に書きましたので、ここでは、それ以外のポイントを見ます。

 本例の診断書には、目の調節力が、右が3.22D、左が3.44Dとありました。その結果、「基準の1/2に減じていない」ので障害認定はされなかったのです。

障害等級表の11級には「両眼の」眼球に著しい調節機能障害、12級には「一眼の」それが記載されています。この「著しい」はその年齢の基準調節力の1/2以下まで減じたものとされています。なぜそのような基準にしたのかの根拠は書かれていません。

 患者さんの調節力を測定する方法は、昭和初期に開発された「近点計」というものを使い(機器は多少自動化していますが、原理は同じ)、指標を近づけてきた時に自覚的にぼやける位置を指示してもらうだけの、非常に原始的な自覚検査です。ですから、小数点以下の数字など、ほとんど信頼性がありません。

 調節は、脳で精緻に計算された信号が両目に送られ、眼球の毛様体と水晶体が反応した結果です。

 本例は、頸椎捻挫に基づく調節障害ですから、問題は眼球でなく脳の指令の方にあることになります。

 調節機能には、指令の正確さ、速さ、左右のバランス、同時に起こる左右の目の位置合わせとの同期性など、いろいろな属性があるはずですが、法律では、調節障害は調節できる最大の力(調節力)というごく一部分だけを切り取って数値化することになっています。

 しかし、こうした脳の複雑な指令を、調節力だけでは表現できないことは明らかです。

 しかも、基準となる年齢別平均調節力の調査は、1960年以降にはありません。同年の日本人の平均寿命は、男性が約65歳、女性が71歳と、今日とは大違いです。そんな古いデータを利用して、どれだけの評価ができるのでしょう。

 眼科医は、目の病気への関心は高いのですが、けがなどの時にしか利用することのない調節機能に関心を持つ医師は多くありません。先述した調節の多面性の研究は残念ながら非常に遅れているのが現状で、原始的な機器を用いるしかないのです。

 このようなきわめて信頼性に乏しい数字を使うのではなく、よい機器が出てくるまでは、当事者にどれだけ不都合があるかを、生活の実態から評価する方策を編み出す方が、調節機能の異常についてははるかに正確ではないかと思っています。(若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。北里大学医学部客員教授、日本神経眼科学会理事長などを兼務し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ、副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人---心療眼科医が本音で伝える患者学」(春秋社)、「健康は眼に聞け」(同)、「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、医療小説「高津川 日本初の女性眼科医 右田アサ」(青志社)、「茅花流しの診療所」(同)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・執筆活動のほか、NPO法人などのボランティア活動に取り組む。

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