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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

コラム

災害の修羅場で…「生死に関わらない」目のことは、言い出しにくい?

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災害の修羅場で…「生死に関わらない」目のことは、言い出しにくい?

 東日本大震災の際にあった話です。

 被災者の方々は、生死の境を間近で目撃し、自分は助かっても家族や知人が行方不明だったり、放射能の影響が心配だったり、と大問題を抱えている状況でした。

 少し落ち着いたあとも、避難所では心臓が悪い、血圧が高い、糖尿病の薬がない、ケガをしている、感染症が疑われる、といった生死に関わるような病状の人々が、医師や薬を求めていました。

 そういう中で、眼科の患者さんや視覚障害を持つ人の中にも、避難時に眼鏡や治療薬を自宅において来てしまった、流されてしまった、という方が少なからずいたそうです。しかしながら、「そういう修羅場で目の病気のことなんて言えなかった」と何人もがふり返りました。

 私は当時、まだ眼科病院の院長をしていたので、東京から眼科医を派遣する算段を探っていました。ところが現地からは「眼科医は求められていない」という返答があったのです。

 もしかしたら眼科だけでなく、耳鼻科や皮膚科、精神科の病気もそうだったかもしれません。

 内科的な問題や、見た目に目立つケガは、生死に関わるかもしれないし、それに (つら) そうだと実感として捉えることができるでしょう。一方、生死には直接関係しそうにはないが、侵されれば尋常な生活ができなくなる視覚、聴覚などの感覚器の問題は、かなり想像力を働かせないと理解できないのではないでしょうか。先入観で優先順位の高低を決めてよいものなのか、平時にもう一度よく考えてみる必要があると思うのです。

 つまり、災害時、緊急時、避難後にすべきことを、普段から診療科ごとにつめておくことです。実際には、診療科の間で、緊急度、重要度を比べることはとても難しい課題ですが、一時的に診療科の縦割りを取り払って、医師だけでなく、看護師、薬剤師をはじめとしたいろいろな医療職、さらには患者団体なども加えての議論が必要です。

 ところが、災害の多い国であるにもかかわらず、そのような取り組みは、ほとんど見聞きしません。

 学会や自治体で、初動のトリアージ(緊急度識別)のガイドライン(指針)が作られ、また厚労省は「被災地での健康を守るために」という文書を出しています。しかし、それらをみても、「視覚障害の人はどうする」「目の病気で通院していた人はどうすればいいのか」といった個別の話は全くわかりません。

 阪神・淡路大震災や東日本大震災、各地で起こる豪雨など、多くの災害を身近に経験している日本だからこそ、初動だけでなく、1週間、1か月、3か月と、いつ、どの時点で、どう対応すべきかについて、詳細なガイドラインを準備する絶好の機会だと思われます。

 厚労省には本格的な取り組みを主導していただきたいと思います。(若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。北里大学医学部客員教授、日本神経眼科学会理事長などを兼務し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ、副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人---心療眼科医が本音で伝える患者学」(春秋社)、「健康は眼に聞け」(同)、「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、医療小説「高津川 日本初の女性眼科医 右田アサ」(青志社)、「茅花流しの診療所」(同)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・執筆活動のほか、NPO法人などのボランティア活動に取り組む。

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