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「手のひら冷却」でパフォーマンス向上…コンディショニング研究会 杉田正明代表コラム(下)
運動前のウォーミングアップが大切というのは誰もが知るところでしょう。軽く動いたり、ゆるやかなストレッチなどで体を温めたりすれば体が動かしやすくなり、ケガの予防にもつながります。しかしパフォーマンスの向上を狙うなら、ウォーミングアップを終えて本格的に運動を始める前や運動中の休憩時間に、手のひらを冷やすのがおすすめです。
私のおすすめコンディショニング
「どうして手のひらを?」と不思議に思われる方も多いでしょう。しかし、この方法の効果は科学的な研究によって裏付けられています。実際、運動前や運動中の手のひら冷却によってパフォーマンスが上がるという報告が、いくつも出ています。たとえばベンチプレス( 仰向 けでバーベルを持ち上げる)やプルアップ(懸垂運動)の行える回数が増えるとか、走り続けられる時間が長くなるとか。一例をグラフに示します。

対象は男子学生67人。高温環境でトレッドミル運動を30~45分、手のひらを冷やしながら行った場合と冷やさずに行った場合について、その後のベンチプレス運動における運動量を比較。手のひらを冷やしたあとはベンチプレスの運動量が多くなった。(J Strength Cond Res. 2012 Sep;26(9):2558-69)
この分野の第一人者である米国スタンフォード大学のクレイグ・ヘラー教授によると、手のひら冷却によって大リーグの投手の制球コントロールまで良くなったとか。運動の出力や持久力のみならず、技術の向上まで期待できるとは驚きです。世界トップレベルのさまざまな競技団体では、運動前や運動中の手のひら冷却を取り入れているところがいくつもあります。
また、この方法はアスリートだけでなく、一般の方にもおすすめです。たとえば、手のひら冷却法を利用することで、座りがちな肥満女性の運動能力が向上したという試験結果もあります。つまり、体調を整えたい、ダイエットがしたいといった目的で行う運動の効果を高められる可能性があるのです。また、酷暑の日の外出前に行えば、熱中症対策にもなりそうです。
深部体温が上がりきると、体も悲鳴を上げる

クレイグ・ヘラー教授らによる調査から。高温環境で、手のひらを冷やしながらトレッドミル運動を行った場合と冷やさずにおこなった場合、手のひらを冷やしたあとは深部体温が低く保たれた。(J Strength Cond Res. 2012 Sep;26(9):2558-69)
手のひら冷却の目的は、深部体温を下げることにあります。可能なら、足の裏や顔(ほお)も冷やすといいですね。手のひらや足の裏、顔といった体の末端部分は、いわば“ラジエーター”のようなもの。ここで冷やされた血液が体の中心部に戻り、深部体温を下げてくれます。
運動すると体温は上がります。深部体温が40度を超えると、体は「もう限界、これ以上は無理」と悲鳴を上げ、動けなくなってしまうのです。そこで、運動を始める前や運動中に深部体温を下げたり、上がりにくくしたりして、限界に達するまでの時間を長くしてやればパフォーマンスが上がる、というわけです。
首やわきの下、足のつけ根を冷やすよりも効率がいい
これまで熱中症に対する処置などですすめられてきたように、「大きな血管が通る首やわきの下、足のつけ根( 鼠径部 )を冷やすほうが効率的では?」と思うかもしれませんが、手のひら冷却はそれよりも効率的だという結果が出ている試験もあります。大きな血管が通るこれらの場所を冷やすよりも、手のひらや足の裏、ほおを冷やすほうが、深部体温が下がったのです(グラフ参照)。

対象は健康な成人男性10人。高温環境で深部体温が39.2℃に上がるまでトレッドミル運動を行ったあと、首やわきの下、鼠径部を冷やした場合と手のひら、足の裏、両頬を冷やした場合、まったく冷やさなかった場合について深部体温の推移を比較。深部体温が速やかに下がったのは手のひら、足の裏、両頬を冷やした場合だった。(Wilderness Environ Med. 2015 Jun;26(2):173-9)
体(脳や心臓に近い部分)が急に冷やされると、脳は「体が冷えてきたぞ。まずい。体温を上げなくては!」と判断し、深部体温が下がらないように全身に働きかけるからではないかと推察されます。免疫力の維持・向上という観点では、深部体温は高いほうが好ましいので当然の防御反応と言えるでしょう。
しかし、運動中のパフォーマンスの向上が目的の場合は、脳に“気づかれない”ように効率よく深部体温を下げる必要があるのです。
冷たい水で5~10分がいい
おすすめの冷却法は、無理なく手をつけていられる程度の冷たい水(10~15度)に5~10分、手のひらを浸しておくこと。氷水のような冷たすぎる水は血管を収縮させて血流を悪くするので、あまり好ましくありません。
そして、運動後には水風呂に入るといいですね。こちらの目的はパフォーマンスアップというよりも、筋肉の炎症を取り、ダメージが残りにくくするというコンディショニングの一環です。もっとも、血圧が高めの人や心臓に問題を抱える人は、医師と相談のうえで行ってください。
杉田 正明(すぎた・まさあき)
日本体育大学体育学部教授、コンディショニング研究会代表。
1991年三重大学大学院修了。東京大学大学院総合文化研究科助手、三重大学教育学部教授などを経て2017年4月から現職。博士(学術)。専門分野は、トレーニング科学、運動生理学など。競技力を高めるための効果的なトレーニング方法やコンディショニングに関する研究を行う。日本オリンピック委員会(JOC)情報・医・科学専門部会科学サポート部門長も務める。
コンディショニング研究会のサイトは こちら
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