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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

貧困と生活保護(51) 「助けて」と言えないのはなぜか

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貧困と生活保護(51) 「助けて」と言えないのはなぜか

 生活に困ったときや精神的に苦しいときに、人はどうするでしょうか。すぐにSOSを発するでしょうか? 大声で助けを求めるでしょうか? 必ずしもそうではありません。むしろ、苦しんでいる人は、なかなか声を出せず、簡単には助けを求めようとしない傾向があります。どんどん権利を主張する人、自分で制度をフル活用できる人は少数なのです。ここを勘違いしていると、社会保障や福祉の仕組みがあっても、うまく機能しません。

 助けが必要な人は、どうして声を出せないのか。要因はいくつもあります。本人が心理的に弱っていること、力を持つ者への恐れ、スティグマ(恥辱感、偏見)、自分を責める意識、本人を責める人が実際にいること、我慢して迷惑をかけないことを美徳とする道徳観――などです。近年は何かにつけて自助努力や自己責任が強調され、他者を責める風潮が強まっており、助けが必要な人が声を出しにくくなっています。

恐怖、恥の意識、自責感情、責められる不安

 わかりやすい例で言うと、性暴力やセクハラを受けた人は、被害を訴えにくいものです。加害者への恐怖、恥ずかしいという意識に加え、被害に遭った自分を責めてしまいがちです。周囲から自分を責めるような言い方をされたり、好奇の目にさらされたりするセカンドレイプもあります。また、詐欺や悪徳商法の被害者は、だまされた自分を責め、恥ずかしく思い、周囲からも責められたりバカにされたりしがちです。

 DV(配偶者らからの暴力)や子ども・障害者・高齢者に対する虐待では、加害者との力関係が問題です。家庭内でも施設・事業所でも、一方が権力や支配力を持っているから虐待が起きやすく、被害者はそこから抜け出しにくいのです。再び被害に遭うこと、報復を受けることへの恐怖心もあれば、日常生活や経済面で相手に頼っている現実もあります。加害者に対して、悪いだけではない、世話になっていて申し訳ない、自分にも非がある、と考えてしまうこともあります。

社会的な偏見・差別

 病気・障害にも、差別・排除や恥の意識を伴うものがあります。ハンセン病、HIV感染、性感染症……。結核やがんも昔はそうでした。精神病、依存症、知的障害、認知症、ひきこもりといった、メンタル関連の領域には今でも偏見・差別があり、世間から隠そうとする家族もいます。本人も挫折感・劣等感を抱いてしまうことが少なくありません。

 自殺にも、否定的な見方や恥の意識が強く存在します。自死遺族は、なぜ気づいてやれなかったのか、助けてやれなかったのかと自分を責めます。「SOSに気づけば自殺は防げる」という趣旨のキャンペーンは、遺族にとって非常につらいものです。

福祉行政がパワハラ、追い討ち

 貧困も否定的に見られがちです。貧困に陥るのは、本人の生活態度だけの問題ではなく、生まれつきの能力や育った境遇をはじめ、病気・障害・災害・失業・離婚といった不運によることが多く、決して恥ではないのですが、社会には金持ちをもてはやし、貧しい人をさげすむ風潮があります。

 そして生活保護には、強いスティグマがつきまとっています。健康で文化的な最低限度の生活は憲法で保障された権利であって、必要なときは利用すればよいのに、行政の世話になることを恥や負い目と感じる人が多いのが実情です。

 さらに問題なのは、実際の行政の対応です。生活に困り果て、精神的に弱った状態で、勇気をふりしぼり、やっとの思いで出向いた福祉事務所。その窓口で冷たくあしらわれたり、ケースワーカーから心ない言葉を受け、責められたりした事例はいくらでもあります。福祉行政によるパワハラや、二重の心理的加害ではないでしょうか。

積極的な福祉行政が求められている

 何が必要でしょうか。まず行政や福祉関係者が、苦境にある人の心理をよく理解し、個別の相談支援をきちんとやること。積極的に手を差し伸べ、ともに問題解決に取り組むことです。相談や申請への対応が親身でないと、困っている人の希望を奪い、逆に打撃を与えてしまいます。

 制度や仕組みの周知も重要です。制度の内容が見えないと、当事者には助けを求める発想が浮かびません。「何かあればご相談を」「詳しくはお問い合わせください」といった抽象的な広報だけではなく、「こんな制度があります」と具体的な情報が、困っている人にとっては手がかりになります。とりわけ生活保護の必要な人に利用を促す広報は不足しています。

 自分から助けを求められない人にアプローチするには、受け身で相談を待つだけではなく、積極的に現場へ出かけるアウトリーチ活動や、地域住民との協力関係も必要です。

助けを求めやすい世の中にしよう

 根本的に大事なのは、社会の空気を変えることです。強くなければダメだ、辛抱しろ、弱音を吐くな、他人に頼るな、甘えるな、周囲や社会に負担をかけるな――。そういった考え方は家庭教育、学校教育、社会風潮の中で植えつけられてきたものです。

 助けを求めることは、社会に存在する「資源」を使って、個人の問題解決を図るための行動です。その意味で、困ったときに助けてと言えるのが本当の強さでしょう。

 政府・自治体は、助けを求めやすい世の中、弱さを認め合える社会の実現に向けて、困ったときは遠慮なく助けてと言おう、というキャンペーンを行うべきだと思います。(原昌平 読売新聞大阪本社編集委員)

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原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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