スポーツDr.大関のケガを減らして笑顔を増やす
医療・健康・介護のコラム
成長期に多いスポーツ選手の膝の痛み
はじめまして。整形外科医の大関です。これから月に1回程度、「スポーツ医学」の話をさせていただきます。スポーツは「する」「みる」「支える」のどの立場でも、生活を彩り豊かにしてくれますね。では、スポーツでケガをした経験はありますか。あるいは、スポーツの現場で選手がケガをした時、どう対処すればよいか迷ったことはありませんか。私も小・中学校時代に野球で肩や肘を痛め、高校・大学時代にはラグビーで肩の脱臼や足の関節の 靱帯 を損傷しました。実際、ここには書ききれないほど、たくさんケガをしています。現在は、自身のケガとドクターの経験を生かし、スポーツ医学の知識の普及に努めています。
スポーツ医学とは、「スポーツに関する身体やケガの知識」のことで、ケガの予防やケガへの対処に役立ちます。競技力の向上にもつなげられます。スポーツ指導者、子供の選手の保護者、部活のマネジャー、それにスポーツ選手自身と、スポーツに関わるすべての人に知っておいてもらいたい知識です。名前に「医学」とつくと難しく感じるかもしれませんが、分かりやすく解説していきますので、是非お付き合いください。
では、早速、膝が痛いと訴える中学サッカー選手のケースを見ていきましょう。
中学1年生のA君は学校の部活動で毎日サッカーを行っています。サッカー歴は6年、ポジションはフォワードです。約3週間前から、膝の前面に痛みを感じていました。当初は練習が終わった後に自覚する程度でしたが、走っている最中にも痛みが出るようになってきました。なかなか監督に言いだせないA君は我慢して練習を続けていましたが、痛くてまともに走ることが難しくなってきたため、監督に伝えて練習を見学することにしました。そして、整形外科を受診しました。
さて、今回のA君のような膝の痛みは、とてもよくあるケースです。膝をぶつけたり、 捻 ったりして痛くなったわけではなく、徐々に痛みが出てきました。
痛がっている部位は膝のお皿より下の部位です。ここは、太ももの 大腿 四頭筋が、膝のお皿( 膝蓋骨 )を包んで、 脛骨 (すねの骨)とつながっている部位です。大腿四頭筋は、膝を伸ばしたり、股関節を動かしたりする役割があり、ランニングやジャンプの動作で重要となる筋肉です。お皿と脛骨をつなぐ部分は 膝蓋腱 と呼ばれ、過度に強い力が加わるとここに炎症が起こり、痛みが出ます。膝蓋腱炎は、「ジャンパー膝」とも言われます。
A君のような成長期には、別の事情も加わります。骨は上の図のような 骨端 線(成長線)から伸びていきますが、骨の成長は筋肉や腱と比べて速いため、筋肉や腱をひっぱってしまう形になり、柔軟性が低下します。この状態でランニングやジャンプを繰り返し、運動量が過度になると、痛みが出ます。A君のように成長期に生じるこの状態を「オスグッド病」と呼びます。
ただ、A君と同じ練習をしているチームメートがみんな膝を痛がっていたわけではありません。つまり、練習量や使い過ぎだけが問題なのではなく、個人の体の柔軟性やバランス、ランニングフォームなども一因だということです。A君は大腿四頭筋の柔軟性が低下していました。下の写真を見て下さい。うつぶせで膝を曲げてもらった時、柔軟性が十分であれば、 踵 は抵抗なくお尻につきます。しかし、柔軟性が低下していれば、この距離は離れます。通常、10cmくらいの範囲内に収まりますが、A君の場合は20cmも離れていました。
治療では、まず膝への負荷を減らすことが大切なので、A君が練習を見学したのは正しい判断でした。しかし、単に「練習を休む」だけでは十分とは言えません。膝にかかる負荷が減ることで痛みは軽減しますが、それで治ったと思って練習を再開し、痛みが再発することはよくあります。A君の場合、大きな要因の一つである、大腿四頭筋の柔軟性を取り戻すストレッチを十分行っておく必要がありました。
もちろん、ストレッチは自分で毎日継続することが大切ですが、理学療法士やアスレチック・トレーナーに、柔軟性に加えて体のバランスや姿勢なども評価してもらい、適切なストレッチのメニューを出してもらうことが大切です。このようなリハビリテーションを「アスレチック・リハビリテーション」と呼びます。
それでは、A君の経過です。
A君は3週間サッカーの練習を休止し、体育の授業でのバスケットボールも控えました。その間、毎日大腿四頭筋のストレッチを朝と夜に欠かさず行いました。3週間後、膝の痛みは消えており、練習に復帰することにしました。最初の1週間は、ジョギングから軽いランニング、軽いキックでのパス、という程度の練習を行い、痛みが出ないことを確認しました。次の週からは、ランニングのスピードを上げ、週の後半にはダッシュを含めて、本格的な練習に参加しました。この後も、朝と夜のストレッチを欠かさずに行い、痛みが再発することなく、サッカーの試合に出場できました。
外来で、「練習を一時休止しましょう」と私が言うと、「体育の授業はやっていいですよね」と聞かれることがあります。もし、膝の負荷を減らすなら、体育の授業で膝に負荷がかかる運動も、当然中止する必要があります。体育だけならいい、ということはないのです。A君の膝の痛みは、負荷を減らすことで無事消えました。大切なのは、休んでいる間に十分ストレッチを行い、サッカーに復帰する際は段階的に運動量を上げていったことです。こうしたプロセスは、オスグッド病だけでなく、どのスポーツ障害でも大事です。
スポーツでは、ケガは「治す」ことも大切ですが、「予防する」ことも大切です。とくに成長期は、ケガをしない体やフォームを作りながら、適切な運動量でスポーツを行いましょう。(大関信武 整形外科医)
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私たちは、スポーツに関わる人に体やケガについての正しい知識を広めて、スポーツによるケガを減らすために、「スポーツ医学検定」を実施しています。誰でも受検できますので、あなたも受けてみませんか。
第2回スポーツ医学検定
2017年12月10日(日曜)
※本文のイラストや写真の一部は、「スポーツ医学検定公式テキスト」(東洋館出版社)より引用しています。
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スポーツの外傷は肉体的接触、判断ミスや疲労などによる誤動作、オーバーユース(本人の体力や回復力を超えた疲労蓄積)、間違ったトレーニング理論の実践、内科疾患や心理的な問題との連環など意外と多岐にわたります。
今の現場の医師は先生のようなスポーツ選手出身の整形外科医が圧倒的に多いですが、心臓を扱う循環器内科医や女性の月経と栄養の住み分けを考える産婦人科医など、今後は各施設の各科がどういう距離感で関与していくかも変わってくると思います。
勿論、障害発生の機序を考えれば、各指導者やトレーナーなどとの意見のすり合わせも大事になります。
自分自身は放射線科学会などで培った多様な知識、長い競技スポーツ経験に整形外科系学会で重ねた知識でもって、ベテランの先生と連携を取りながら、彼らの日程や知識の穴埋めをするのが現状です。
産科婦人科栄養・代謝研究会では心理的トラブルから無月経や神経性食思不振症をこじらせて心療内科に通院した症例なんかもありましたが、実際問題、現場から医療の間には指導者や保護者・本人の意識の問題、トレーニング理論の問題などいくつもの問題が複層的に折り重なっています。
特に、競技系スポーツは早い年代での実績が求められてしまうこともあり、答えのない問題との格闘が求められますが、知識や対応手法の拡散で容易に防ぎうる問題での予防医療を進めていくことが生涯スポーツから競技スポーツまでの厚みを下支えすることになると思います。
現代的生活による基礎体力の低下が、医療問題の根底にも繋がっていますので、そういう意味でも今後重要な取り組みになって行くと思います。
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