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室伏由佳のほっこりスポーツカフェへようこそ

コラム

ドーピング違反者の「世界一」をどう考えますか?

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ロンドンのオリンピック・スタジアムの放送席。女子ハンマー投げ、円盤投げ、やり投げ、男子ハンマー投げの競技解説を行いました

ロンドン・スタジアムの放送席。女子ハンマー投げ、円盤投げ、やり投げ、男子ハンマー投げの競技解説を行いました

 みなさん、ほっこりスポーツカフェへようこそ!

 8月上旬から約2週間、イギリスで行われた世界陸上ロンドン大会へ解説者として行ってまいりました。2年に一度の大舞台に、今年は200以上の国・地域の選手たちが参加しました。

 私自身、選手として2005年ヘルシンキ大会では女子ハンマー投げ、07年大阪大会では円盤投げに出場しています。現役を引退した12年以降は、解説者として参加し、自身の原点を思い起こしています。

世界一決定戦、勝利者に向けられたブーイング

 今回は男子100メートル走で起こった「特定選手」へのブーイングについてです。

 男子100メートルは、今大会でも最も注目を集める種目でした。長年、男子短距離界の主役を張り続けたジャマイカのウサイン・ボルト選手が、この大会をもって競技引退を表明していたからです。最後の走りを一目見ようと集まった人々が、レースに熱い視線を向けていました。

 ボルト選手の最大のライバルと目されたのが米国のジャスティン・ガトリン選手。結果的に、9秒92のシーズン自己ベスト記録でレースを制したのもガトリン選手でした。ボルト選手も同じく今シーズンの自己ベスト9秒95で走り抜けたものの、一歩及びませんでした。大会前、ガトリン選手の今季のベスト記録は9秒95、ボルト選手は9秒98でした。ともにパフォーマンスのピークをこの大舞台に持ってきたところが、さすがに世界のトップアスリートです。

 100メートルは、予選、準決勝、決勝で構成されますが、どのラウンドでも、日本ではあまり見られない光景がありました。ガトリン選手が出場するたびに、客席から地鳴りのようなブーイングが巻き起こるのです。

 ガトリン選手は、過去に2度のアンチ・ドーピング規則違反があり、4年の制裁期間を経て復帰した選手です。私は、「イギリスは何をスポーツに求めているか、はっきりしているな」と感じました。

 ガトリン選手は06年、男子100メートルで9秒77の世界タイ記録を打ち立てたにもかかわらず、レース後のドーピング検査で禁止薬物のテストステロンが検出され、記録は抹消されました。同選手は01年に同じく禁止されている興奮剤アンフェタミンの使用発覚で2年間の資格停止処分を受けています。2度目の違反となるため、本来は永久資格停止でしたが、米国アンチ・ドーピング機関(USADA)の調査への協力を約束し、「4年間の資格停止提案」へと処分が緩和されたのです。

 いわば、全世界・全スポーツの「約束」である「世界アンチ・ドーピング規程」に基づき、きちんとした手続きを経て、競技復帰が公式に許された選手。しかし、イギリスの観衆はそう受け止めなかったようでした。「過去にドーピングをした選手は、断固受け入れない!」との強い反応でした。

規則違反者をオリンピックから追放するイギリス

 かつてイギリスには、男子100メートルで世界陸上をはじめ数々の国際大会でメダルを獲得したドウェイン・チェンバースというスター選手がいました。しかし、03年、チェンバース選手はアンチ・ドーピング規程で禁止物質に指定されているアナボリックステロイド(筋肉増強剤)で陽性となりました。これで2年間の出場停止処分が科されました。しかし、制裁はそれだけでは済みませんでした。英国オリンピック委員会には、ドーピング違反をした選手を「オリンピックの代表に選出しない」との独自の規定がその当時あったのです。チェンバース選手は、制裁期間とは別に、2008北京オリンピックの選考対象にもなりませんでした。

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第11回世界陸上選手権大阪大会第3日/女子円盤投げ予選で(大阪市の長居陸上競技場で、2007年8月27日撮影)

 もちろん、規則違反はあってはなりませんが、世界アンチ・ドーピング規程では、あまりにも悪質なケースを除いて、一定の制裁期間を経た後に競技への復帰が許されています。チェンバース選手の例からも、イギリスのドーピング違反に対する厳格な姿勢がうかがわれます。

 アスリートには、ドーピングのない、安全で健全なスポーツに参加する権利があります。社会にも、スポーツの精神と未来のアスリートたちを守る義務と権利があります。競技能力を高めるためでも、不健康かつ危険な手段を選択してはならないのです。

 ロンドンの世界陸上でのイギリス人によるブーイングには、とても手厳しいものを感じつつ、「スポーツの価値を損ないかねないものはすべて締め出す」という強い姿勢を感じました。

 ドーピングによる健康への影響については、いずれ書いてみたいと思います。

 それでは皆さん、また次回のカフェでお会いしましょう!(室伏由佳 アテネ五輪女子ハンマー投げ日本代表)

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室伏由佳(むろふし・ゆか)

 1977年、静岡県生まれ・愛知県出身。株式会社attainment代表取締役。2004年アテネオリンピック女子ハンマー投げ日本代表。円盤投げ、ハンマー投げ2種目の日本記録保持者(2016年4月現在)。12年9月引退。

 アスリート時代には慢性的な腰痛症などスポーツ障害や婦人科疾患などの疾病と向き合う。06年中京大学体育学研究科博士課程後期満期退学(体育学修士)。スポーツ心理学の分野でスポーツ現場における実践的な介入をテーマに研究。現在、スポーツとアンチ・ドーピング教育についてテーマを広げ、研究活動を継続。現在、上武大学客員教授、朝日大学客員准教授や、聖マリアンナ医科大学スポーツ医学講座、徳島大学医学部、中央大学法学部など、複数の大学において非常勤講師を務める。スポーツと医学のつながり、モチベーション、健康等をテーマに講義や講演活動を行っている。日本陸上競技連盟普及育成部委員、日本アンチ・ドーピング機構アスリート委員、国際陸上競技連盟指導者資格レベルIコーチ資格、JPICA日本ピラティス指導者協会公認指導師。著書に『腰痛完治の最短プロセス~セルフチェックでわかる7つの原因と治し方~』(角川書店/西良浩一・室伏 由佳)。

公式ウェブサイトはこちら

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3件 のコメント

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価値観や評価の多様性を考える

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

プーチン大統領がロシアの選手に謝罪しました。 「守り切れなくて申し訳ない」と。 そして、ドーピングや検査の体制を疑われないような改善の必要性も指...

プーチン大統領がロシアの選手に謝罪しました。
「守り切れなくて申し訳ない」と。
そして、ドーピングや検査の体制を疑われないような改善の必要性も指摘しました。
構造問題とそれぞれのメンツや感情を理解したストーリー作りの対応は柔道の有段者ならではでしょうか。

入試のミスや不正論文に荒れる日本の有名大学の状況を見ると、学歴社会もスポーツエリートの社会も、旧東側も旧西側も人間社会の共通の問題があると分かります。

僕の受験した99年もセンター試験が荒れましたが、厳しい意見の出現は時代の流れでしょう。
地方国立と私立大では医師や歯科医師になればあまり変わりませんが、成功体験を巡る認知や学費に関する親子関係などの問題は個人や家庭によっては重たいです。
また、学生の個性の偏りもその後に影響を与えます。
医師や医学生の暴走事件の裏には、一般的ではないかもしれないけれども、ある意味で合理的な構造問題が存在します。

目に見える結果や自分の手の届かない大人の都合に振り回される社会の現実、ドーピングの項目の恣意性も相似ですが、禊を済ませた選手にブーイングを続けることは、果たして正しい事でしょうか?

間違ってもいないと思いますが、ドーピングやその他の不正行為に手を染めるまでの環境の違いは、多分、彼らの国や地域を見に行かないと理解できません。

普通、自分の手の届く範囲の事しか興味が湧かないわけですが、スポーツを切り口に国際社会や政治経済、医学などに興味は広がるものではないかと思います。

ことの善悪と今後の仕組みの判断には、時間とエネルギーが必要です。
それをしないと、有効と平和の象徴のスポーツが何処かに行ってしまうことでしょう。

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違反報告

ドーピングの背景と包括的な予防策

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

1月10日御社夕刊に産婦人科学会の女性アスリートへの提言項目がありました。 部分だけでなく身体や心全体を診るためにも他科医も関わるべきだと思いま...

1月10日御社夕刊に産婦人科学会の女性アスリートへの提言項目がありました。
部分だけでなく身体や心全体を診るためにも他科医も関わるべきだと思います。
過去から現在を経て未来に向かう連続性をイメージする必要があります。
ドーピングやチェックも、予防にはシステム全体を考える必要があります。

スポーツには政治経済の他、宗教や企業などの疑似国家のような集団形成が様々な関係性と距離感で関わってきます。
国際試合に行けば自然と聖書に由来する欧米人の名前を覚えるでしょうし、共産主義国家の国威形容の過去を思い出すべきです。
サッカーでも、国家代表チームの連携を深めるために特定国内チームに有力選手を集めるのはよくありましたし、国家が困難に直面しているチームが優勝することもよくあります。

ロシアのドーピング問題が話題ですが、ソ連時代の本を読むとマフィアとの距離が近い事が描かれています。
「暴力団との付き合いを断つ」と某医大が宣言しましたが、人類社会の課題です。
とはいえ、様々な暴発を防ぐためにも、手順を考えてやる必要があります。

オリンピックも未来と平和のためにハコモノ以外もレガシーの運用を考えて、現状での最善措置と未来のための布石を打って行く必要があります。

そして、ライバルにドーピングさせられた事件も明らかになりました。
個人が心理的に追い詰められて数字での結果にフォーカスしすぎた故に他人を追い落とす方に暴走したわけです。
しかし、一方で、それはアスリートを取り巻く過酷な環境の問題もあるでしょう。
罪を憎んで人を憎まず、などと言えるほどの聖者ではありませんが、末端の事件の処罰のみならず、その上流の条件まで考える必要があります。
特定競技だけでなく、スポーツ界で散見される事実を考えることで、オリンピックやドーピングの問題がスポーツ界を通して教育産業や健康産業全体に繋がっていきます。

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違反報告

ドーピングの基準と除外項目と時代

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

ドーピング規定の除外項目はご存知でしょうか? アンフェタミンやアナボリックステロイドはともかく、薬物と薬剤の基準はデリケートです。 年代によって...

ドーピング規定の除外項目はご存知でしょうか?
アンフェタミンやアナボリックステロイドはともかく、薬物と薬剤の基準はデリケートです。
年代によって、規制も変わります。
サッカー界でも、成長ホルモン欠損や喘息の治療に薬剤を使って克服してプロになった症例がありますし、サプリメントを巡って、しばしばJリーグでも問題になります。

薬物は主作用の他に副作用がありますから、過去の薬物使用歴というくくりで見れば難解です。
昨今は女性アスリートの月経コントロールの話で低用量ピルの話も出てきますが、基準の考えによってはドーピングと言えなくもないでしょう。
但し、現行は高品質な薬剤の効果と共に認められているだけに過ぎません。

指導や成功体験とセットになった過剰なダイエットと共に、どういう年齢の、どういうカテゴリーに、どのように推奨していくのか、医学としても、指導者としても考えて取り組んでいく必要があります。

ちなみに、最近は食トレなんかの記事も目にしますが、医食同源で考えれば、ドーピングに見えなくもないでしょう。
15歳や18歳で勝つために、短期的な目標設定で体を作ることの問題は今後表に出てくる可能性もあります。
旧共産圏のステート・アマにも似ています。
とはいえ、色んな制約を課しすぎると、多くの人たちが参加しにくくなり産業そのものが廃れます。

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