文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

医療事故調査制度には大きな欠陥がある

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

 医療を受けていた家族が思いがけなく亡くなったときにどうするか。入通院中の場合はもちろん、今は元気な人でも、急な病気やけがで医療にかかることはあるし、医療では、どこでどんなトラブルが起きるかわかりません。決して、ひとごとではないのです。

 そこで頭の片隅に入れておいてほしいのが「医療事故調査制度」の存在です。2015年10月から、医療法に基づく医療事故調査制度が施行されています。すべての病院・診療所・助産所は、医療に起因する(医療が原因になった)疑いのある予期しない死亡・死産があれば、一般社団法人日本医療安全調査機構(医療法上の医療事故調査・支援センター)へ報告しないといけません。そして、その医療機関が設けた調査委員会(外部委員を含む)が死亡に至った要因を調べ、機構へ調査報告書を提出して、再発防止に役立てることになっています。

 ただし、今の制度には、たくさんの問題があります。最大の問題点は、報告・調査の対象になるかどうかを医療機関の管理者(院長)が最終判断することです。たとえ、明らかに事故といえる場合でも、院長が「対象外」と決めれば、それを覆す方法がありません。医療側が自分たちのメンツや利益を守るため、うやむやにすることも可能なのです。早急に制度を改めるべきです。

病院側は「報告・調査の対象にならない」

 前回のコラムで伝えたニュージーランド人青年のケースはどうでしょうか。彼は神奈川県内の精神科病院で身体拘束されていて心肺停止になり、転送先で今年5月17日に亡くなりました。

 病院側は6月26日、「医療安全調査機構への調査依頼はしない」と遺族に文書で伝えました。これはヘンな言い方です。現行制度では、機構による調査が行われるのは、医療機関が機構へ発生を報告した後、自院では手に余ると判断して調査を依頼するか、報告後に遺族が機構による調査を求めた場合だけだからです。おそらく病院はこの時点で、制度をよく理解していなかったのでしょう。

 病院側の弁護士に筆者が問い合わせると、「その後、改めて検討した結果、医療起因性がなく、制度の対象にならないと判断した」という回答でした。なぜそういう判断になるのか、よくわかりませんが、「相手側が訴訟を起こす可能性があるので、これ以上は説明できない」としています。

医療が原因かどうかは、調べないとわからない

 もう一度、制度を確認しましょう。医療法による報告・調査の対象は「医療に起因し、または起因すると疑われる死亡または死産で、管理者が予期しなかったもの」です。

 このうち医療に起因するかどうかについては、厚生労働省の医政局長通知やQ&A(同省ホームページに掲載)で、次の内容が示されています(ABCの区分は筆者が便宜的に付けた)。

【A】対象になる=診察、検査、治療、経過観察のあり方。この中には投薬、注射、リハビリ、処置、手術、 分娩ぶんべん 、麻酔、放射線治療、医療機器の使用などが含まれる

【B】対象になることがある=転倒・転落、 誤嚥ごえん 、隔離、身体の拘束・抑制、療養に関連するものは、医療に起因する疑いありと管理者が判断すれば対象になる

【C】対象にならない=施設の火災や天災、医療に関連のない偶発的疾患、もとの病気やけがの進行、本人意図による自殺、院内の殺人・傷害致死(薬の影響による自殺は対象になりうる)

 ここで考える必要があるのは、死亡の原因やそれをもたらした要因は、調査してみないとわからないことが多いという点です。何に起因するかよくわからない時点で、いずれかの区分に当てはめるのは無理があります。したがって、死因やその要因がはっきりしない場合は、医療に起因する疑いがあると解釈して報告・調査するのが、あるべき対応でしょう。「医療に起因する可能性を否定できない場合は対象」と書いておけば、その点が明確になったのですが、法律や通知は、死因不明の場合も含め、どの区分にあたるかの判断を管理者にゆだねています。

 さらに、身体拘束を含むBの区分では、医療に起因する疑いがあるかどうかの解釈も管理者にゆだねているため、二重の裁量を持たせる形になっています。調査しようと思えば対象になり、やりたくなければ対象にしなくてよい。非常にあやふやです。

死のリスクを予期しながら対策が不十分だった場合は?

 報告・調査の対象となる二つめの要件は、管理者が予期しなかったという点です。予測された範囲の死亡は事故にあたらないので調査対象から除外しようという考え方です。

 ここでいう「予期」とはどういう意味か。医政局長通知によると、原則として、その患者個人の容体や経過などから、ある原因で死ぬ可能性があるとわかっていて、そのことを患者・家族に具体的に説明するか、カルテに記録していた場合です。「高齢なので何が起きるかわからない」「一定のリスクがある」といった一般的な説明では、予期していたことになりません。

 とはいえ、予期さえしていればすべて調査対象外となるとすると、「予期はしていたが、対策を怠っていた」というケースも対象外になりかねません。本来なら「死亡のリスクが具体的に予期されつつ、避けようがなかったことが明らかな場合は対象外」と書いておけばよいのですが、現行の通知やQ&Aには、その点が明記されていないので、管理者による解釈の幅が広くなっています。厚労省に問い合わせたところ、「予防策が医療的手段であれば、それが不十分だったときは医療に起因する死亡にあたるが、具体的には管理者の判断になる」という答えでした。

「医療事故」のネーミングも問題

 制度の施行後、今年7月末まで1年10か月間で、機構への事故発生報告は674件。当初の予測(年間1300~2000件)の2~3割しかありません。制度の認知度不足に加え、医療側には、死亡事例が起きても報告・調査を避けたがる傾向があるようです。長い期間をかけて院内で経緯を調べてから、報告対象にするかどうかを判断する、といった本末転倒のやり方も見受けられます。

 今回の制度は、責任追及ではなく再発防止が目的で、医療機関の主体的な取り組み(院内調査)を重視しています。似たような原因による死亡を防ぐには、なるべく多くの事例を調べて教訓を導き出すことが大切なのに、報告・調査を医療側が渋っていては、再発防止を妨げてしまいます。

 制度上のあいまいさに加え、まずかったのはネーミングです。「医療事故」は本来、過誤のあるなしを問わない用語なのですが、医療事故の発生を報告すると言うと、大ごとになる印象がつきまといます。医療側の心理的な抵抗感を取り除くため、たとえば「医療関連死(医療に起因する可能性を否定できない死亡・死産)」または「診療関連死」といった用語に改めたほうがよいでしょう。

遺族の要請や機構の判断による調査を

 現行の制度で、医療機関が報告しない場合、遺族ができるのは、医療機関への要望と機構への相談だけです。機構も医療機関への説明・説得をするだけで、調査の義務づけや代行はできません。あまりにも医療機関側を守り、患者・遺族をないがしろにしているように感じます。それでは、原因究明にも再発防止にもつながらず、真相を明らかにしたい遺族は訴訟の道を選ばざるをえません。

 管理者が対象にしないと決めたらおしまい、という制度の欠陥は明らかです。遺族の要請があるか、機構が必要と判断したときは報告・調査を義務づけ、医療機関が消極的なら機構が代わりに調査するといった仕組みを導入すべきではないでしょうか。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

原記者の「医療・福祉のツボ」の一覧を見る

最新記事