僕、認知症です~丹野智文43歳のノート
医療・健康・介護のコラム
不安と混乱の中、治療を開始
「やっぱり」診断に納得も
大学病院での2週間に及ぶ検査の結果、「若年性アルツハイマー病」であることをはっきりと告知されました。この時、大きな衝撃を受けながらも、「やっぱり普通の物忘れではなかったんだ」と納得する気持ちもどこかにありました。
医師から色々と説明を受けたような気がしますが、ほとんど頭に入ってきませんでした。かろうじて、「治療を始めるには薬に体を慣れさせる必要があるので、もう少し入院が必要」ということは理解できました。
妻が帰り、ベッドの上で一人になると、おさえていた涙が一気にあふれてきました。2人の娘は、まだ中2と小6になったばかりです。これから親としての責任を果たすことができるのか、同い年の妻はどうなるのか――。仕事を続けられるのかどうかも全く分かりません。不安が果てしなく膨らみ、押しつぶされてしまいそうでした。
ネットの情報に絶望
深夜になっても全く寝付けず、夜通しスマートフォンでこの病気のことを調べました。
「30代 アルツハイマー」でネットを検索しても、参考になるような情報はありませんでした。「40代」に変えても同じです。「50代」で、ようやくいくつかのページが出てきて、その年代であれば、アルツハイマーと診断されるケースもあることが分かりました。
さらに「若年性認知症」と入力すると、関連のキーワードとして「寿命」と出てきます。気になって思わずタップすると、「進行が速く、2年で寝たきりになる」「10年で死ぬ」など、恐ろしいことが書かれていました。
ネットの情報は、調べれば調べるほど絶望的な気持ちになってきます。それでもスマートフォンを手放すことができず、とりつかれたように検索し続けました。
近くに治療できる場所がないかと探すうちに、「認知症の人と家族の会宮城県支部」のサイトに行き当たりました。本人ではなく家族のための団体ではないかと思いましたが、「今後、病気が進んだとき、妻にも助けが必要になる」と思い、資料を申し込みました。
抗認知症薬で夢と現実を混同
治療のため、「アリセプト」という薬を飲むことになりました。治療薬と言っても認知症が治るわけではなく、症状を改善し、病気の進行を遅らせるものです。
まずは1日3mgから始めたのですが、私の場合、副作用が強めに出たようで、とたんに下痢が始まり、吐き気にも悩まされました。
この薬のおかげで、記憶は良くなったように感じました。脳の働きを活発にするためか、睡眠中も脳が活動を続けている様子で、毎晩夢を見ます。身近な人が出てきて普段と同じようなやりとりをするので、現実との境目が分からなくなり、混乱しました。寝ている間も脳が休まず、眠るとかえって疲れるような感覚もありました。
桜の季節に退院
病院はとても大きくて、1階には売店やカフェなどがそろっています。「これなら入院が長引いても、何とか乗り切れそう」と妻と話していたのですが、実際には、ちょっとコーヒーを1杯……と思っても、エレベーターに乗ろうとすると看護師さんに止められます。「迷って戻れなくなるといけないので、認知症のフロアから出ないで下さい」というのです。
私は、入院するまで一人で職場に通っていたのですが……。認知症の人を守るための配慮も、過ぎれば本人の自由を奪ってしまいます。その後、似たような場面を嫌というほど見聞きすることになるのですが、この時初めて、認知症の人がこんな不自由な状況におかれていることを知りました。
入院中に、効果が期待できる1日10mgまで薬を増やす予定でしたが、あまりにも手持ち無沙汰なのに音を上げてしまいました。通院しながら薬を増量してもらうようにして、やっと自宅に戻れることになりました。
職場の同僚の顔と名前を忘れてしまい、最初に脳神経外科クリニックを受診したのは2012年のクリスマスでした。退院した時は、13年4月も半ばに入り、仙台にも春が訪れていました。病室の窓から見える桜が、とてもきれいでした。(丹野智文 おれんじドア実行委員会代表)
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