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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

精神科の身体拘束は、死の危険を伴う

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精神科の身体拘束は、死の危険を伴う

元気だったころのケリーさん

 ニュージーランド人の男性が今年5月、神奈川県内の精神科病院で身体拘束されて心肺停止になり、救急搬送先で亡くなりました。拘束によって静脈内の血液が固まる静脈血栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)を起こし、その血栓が移動して肺動脈をふさぐ「肺塞栓」で死に至った可能性があると、搬送先の医師は遺族に説明しました(精神科病院側は、因果関係がないと主張)。

 長時間の拘束は、苦痛を与え、尊厳を傷つけるだけではありません。身体(とくに脚や腰)を動かせないことにより静脈血栓症、さらに肺梗塞を起こすリスクがあることは、すでに医学の常識です。

 今回のケースでは、(1)どうしても身体拘束をするしかない状態だったのか (2)入院直後から10日間も身体拘束を行う必要があったのか (3)身体拘束の間、血栓症の予防措置は十分に行われたのか (4)医療法に基づく医療事故調査(第三者を交えた院内調査)を病院が拒んでいるのは許されるのか――などが問題になっています。

 日本の精神科病院では、身体拘束がたいへん多く行われています。同様の死亡事例はほかにも起きています。安易な身体拘束が行われていないのか、厚生労働省と医療界は、早急に実態を調べ、そのあり方を考え直すべきです。

来日して英語を教えていた青年が……

 亡くなったのは、当時27歳のケリー・サベジさん。記者会見した遺族によると、2015年8月に来日して鹿児島県志布志市の小中学校で英語指導をしていました。双極性障害(そううつ病)があり、今春、調子を崩して神奈川県の兄の家に滞在中、暴れたことから4月30日、民間の精神科病院へ措置入院(行政命令による強制入院)になり、入院当初から身体拘束されました。5月10日に心肺停止で発見されて市立病院へ救急搬送されたものの、脳死に近い状態で、同月17日に死亡しました。転送された時、血液検査で血栓の発生を示すDダイマーという数値が高かったのですが、死後の病理解剖で血栓は見つからず、死因は確定しませんでした。

10年間で倍増

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 精神科医療では、厚生労働省の精神保健福祉資料という調査があり、毎年6月30日時点の入院患者の状況などを、精神病床を持つ全病院から報告させています(通称「630調査」)。身体拘束と、保護室(内側から開けられない個室)などへ閉じ込める「隔離」の件数は、2003年から調査対象に加わりました。14年6月30日に身体拘束を受けていた患者は1万682人、隔離は1万94人。03年に比べて身体拘束は2.1倍、隔離も1.3倍になっています(=グラフ)。この調査は特定の1日だけの人数なので、年間に拘束・隔離を受ける患者数は、はるかに多くなります。

 身体拘束や隔離を少なくすることを目指した厚生労働科学研究班の提言(02年)を踏まえて04年度に診療報酬改定が行われ、強制入院に関する入院料を請求するには、行動制限最小化委員会を院内に設けて隔離・身体拘束の適切性を定期的に評価することが必要になりました。ところがその後、拘束・隔離は増え続けています。あるべき方向に逆行した状況と言わざるをえません。

 なぜ増えたのか。専門医たちに尋ねると、精神科の救急病棟や急性期病棟の増加、認知症による入院患者の増加といった推測が挙がりますが、精神科で重症の患者が増えたとは考えにくいし、認知症なら拘束してよいことにはならないはずで、介護施設では拘束=抑制は原則禁止です。強制入院の患者全員に一定期間の拘束や隔離をする傾向、少しの不穏や興奮でも拘束、隔離をする傾向が広がっているという見方もあります。いずれにせよ、きちんとした調査や分析は行われていません。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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