麻木久仁子の明日は明日の風が吹く
医療・健康・介護のコラム
日本のがん医療に何が必要なのかを教えてくれた「日米がん格差」
がん患者歴5年で見えたこと
2012年の秋に乳がんの手術をしました。それに続く放射線治療、5年間にわたるホルモン治療があと3か月ほどで終了します。先日の診察で主治医の先生から「もう少しだね」と言われた時、長かったような、あっという間だったような、不思議な気がしました。もっとも、ほかのがんは5年で再発の危険が少なくなるのに対し、乳がんは8年、9年と、忘れた頃に再発することもあるそうです。これからも定期的な検診は怠ることなく続けなくてはなりません。
5年近く病院に通っている間に、がんをとりまく環境も変わってきたと感じます。国民の2人に1人ががんになるという時代です。がんになったからといって「社会から切り離され、治療だけに専念する時代」から、「社会生活を続け、治療も日常生活の一つである時代」になってきました。がんの治療を理由に仕事を失ったりすることがあってはならないし、治療のためにある程度、仕事から離れたとしても、職場へ復帰することが当たり前である社会になることも望まれます。
誰もが当たり前に医療の知識を持つ時代に
一冊の本に出会いました。「日米がん格差」(講談社)という本です。筆者は米国在住のアキよしかわさん。大腸がんを克服したがんサバイバーであると同時に、医療の質とコストを経済学の観点から分析する「国際医療経済学者」でもあります。
「ビッグデータをもとに、医療の質を下げずにコストを下げる」という昨今の主張には、正直身構えてしまうところがあります。というのも、医療と経済の関係となると、往々にして「病気になるのは本人の不摂生もあるのだから、応分の負担をせよ」との自己責任論が忍び込みます。結果的に「質を下げずに」の部分が置き去りになって「コストを下げる」が優先される議論をしばしば目にするからです。
この本はそんな私の警戒心をすぐに解いてくれました。日米両国の医療制度の違いを熟知する立場から、それぞれの問題点をあざやかに描き出しています。詳細は本をお読みいただくとして、ご自身のがんとの闘いから得た実感が加わって、われわれ一般人にも理解しやすい内容でした。
驚いたのは「米国にくらべると日本の医療の質はバラつきが激しい」ということ。なんとなく米国の方が「医療費が高く、受けられる治療にも格差が激しい」と思っていましたが、著者によれば、日本は「医療費は国民皆保険によってバラつきがないが、医療の質はバラつきがある」そうです。となれば病院選びなども含め、さらに情報が重要なのだとわかります。
私の通う病院は患者支援に力を入れていますが、米国では「相談を受ける」という受け身の態勢ではなく、訓練を受けた「キャンサー・ナビゲーター」という人たちが能動的に患者や家族にアプローチして、支えていく体制を整えようとしているそうです。
また緩和医療への日米の考え方の違いも興味深いものでした。日本ではまだまだ緩和医療=終末期医療のようにとらえられていますが、本来は症状と痛み、ストレスの軽減や緩和を提供する医療行為で、患者と家族の生活の質を向上させるのが目的です。米国では、手術の時点で緩和医療も同時にスタートする点を日本でもっと知ってほしいと思いました。
私自身、自分ががんになるまではほとんど医療の知識はなく、治療しながら知識を得るという、走りながら考えるような5年間でした。が、これからは、誰もが平等に基本的な知識を持っている世の中にならなければならないでしょうし、そのためには何が必要なのかを考えさせられた一冊でした。(麻木久仁子 タレント)
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