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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

医療・健康・介護のコラム

斜視の人は、ものが二つに見えるのか?

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斜視の人は、ものが二つに見えるのか?

 「斜視の人は、両目で見ると、ものが二つに見える(複視がある)のですか?」という質問を時々いただきます。

 斜視は、左右の目が別々の方向を向いています。つまり、「左右の目から別々の像が入ってくるから、一つのものが二つに見える(複視)のです」といえば、わかりやすいですね。確かに、そういう場合もありますが、そう簡単ではありません。

 小さいときから左右の目が別々の向きにある斜視の人に、必ずしも複視が出現するわけではありません。

 そもそも、斜視の定義は「外見上、左右の目の位置がずれている」ではなく、「両眼で対象物を一つにして見ること(両眼視)ができない状態」として定義します。だから、外見上は目がずれているように見えても斜視ではなかったり、両目が正しい位置にあるように見えても、医学上は斜視だったりすることがあります。

 両眼視機能とは、対象物を左右の目で同時に見ることができて、それを一つのものとして認識でき、かつ左右それぞれの目と対象物との角度のわずかなズレ(専門用語で視差)を脳が計算して立体感、奥行き感を計算できる機能のことです。この機能は、生後1歳未満に急速に発達し、おおむね10歳以降にはもはや育たないとされる重要なものです。この両眼視機能がうまく発達しなかった場合、医学では、斜視という病気として扱うのです。

 そもそも複視は、両眼視がある程度以上機能していなければ生じません。したがって、乳幼児期からの明らかな斜視は、事実上片眼で見ているため、複視にならないのです。

ところが、後天的に何らかの原因で急に斜視になると、複視が出るので大騒ぎになります。

 複視の原因には、眼球運動を行わせる脳神経のまひ(原因は脳の病気などいろいろあります)や、目を動かす筋肉への神経伝達がうまくいかない場合や、眼球の周囲の病変のために眼球の動きが制限された時などと様々です。

 ものを一つにして見る両眼視機能そのものが、うまく働かなくなる病気もあります。この機能は主として高次脳の仕事ですので、いろいろな大脳や脳幹疾患に伴ったり、画像で明確な異常がなくても神経回路の情報伝達に不調を来したりしたときに出現することもあります。

 後者は、神経薬物や、頭部や (けい) 部の打撲などの外傷で生ずることもありますが、原因がよくわからない場合も少なくありません。

  輻湊(ふくそう) けいれん、あるいは 近見(きんけん) けいれんといって、不明な原因で突然起こる内斜視(両目が内側に寄って、ものが二つに見えてしまう)症例に時々出会います。画像診断でも原因はつかめず、「心因性」などと軽視されがちですが、実は高次脳の機能異常です。

 発達途上の学童に多く見られますが、成人にもあります。原因が特定できなくても、手術などを含め、しっかり両眼視機能を保つような対応が必要であります。専門性の高い事項なので、眼科の中でも神経眼科、小児眼科領域に強い医師や施設を探す必要があります。(若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任。15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人 心療眼科医が本音で伝える患者学」、「絶望からはじまる患者力」(以上春秋社)、「心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因」(集英社)、医療小説「茅花流しの診療所」、「蓮花谷話譚」(以上青志社)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半は講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組む。

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