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相手が薬剤なら「疑わしきは罰する」姿勢であるべき

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相手が薬剤なら「疑わしきは罰する」姿勢であるべき

 「ありえない」「なかった(ことにする)」「取り上げない」

 目前の問題を無視したい時に多用される言葉です。その言葉が通れば、後のプロセスを止めることができるので、当事者には都合がよい話です。

 しかし、この姿勢を医療現場に持ち込むと、大変なことになります。

 せっかく医師の面前にある問題や謎が、「ありえない」という姿勢で見ることで、医学という科学の机上に載らない事態になりうるからです。

 58歳の女性が両眼の視神経症の原因についての意見を求めて、関西から来院しました。6か月前に左の、3か月前に右の視力低下がそれぞれ生じて進行し、来院時の矯正視力は両眼とも0.01から0.02でした。何軒かの病院の見解はすべて異なり、治療しても効果がありませんでした。

 私の診察でも、原因は確定出来ませんでしたが、唯一気になることがありました。

 彼女は視力低下の約1年前から、抗炎症薬メサラジンによる潰瘍性大腸炎の治療を続けており、その最中に視力低下を発症したのです。

 処方医も、診察した眼科医も「副作用はありえない」と言下に否定しました。

 この薬剤は神経系に作用はしないというのは、確かに一応の常識です。ですが、念のため、この薬剤投与中に視神経症を発症した例が世界にあるかどうか、私が調査することにしました。

 視神経症の報告は皆無でしたが、一過性の大脳白質病変を示したという報告がインドからありました。薬剤の添付文書には、頭痛、耳鳴り、錯感覚(しびれなど)といった神経系の副作用も記載されていて、頭蓋内圧 亢進(こうしん) を示したという症例の報告もありました。

 メサラジンは消化器の薬剤ですが、神経系の副作用を示す場合がありうると思われるので、処方医に相談して、薬剤を中止をしてもらうように連絡しました。

 幸い処方医から同意が得られただけでなく、「医薬品副作用救済制度」に申請することにしたとのことで、よかったと思いました。

 ところが、2か月後、独立行政法人・医薬品医療機器総合機構(PMDA)は不支給の決定を患者さんに通知してきました。理由は過去に報告がないこと、少ないが原疾患(潰瘍性大腸炎)に合併する視神経炎の報告があることから、判定不能だということでした。

 しかし、後者は経過や両眼であることから非常に考えにくいと私は思っています。

 この制度のパンフレットの表紙には「この制度を必要としている患者さんがいます。医療関係者の皆様のご協力をお願いします」といかにも心優しい文字が並んでいます。

  PMDAの判断 は、科学的であるかのように見えても実はそうではありません。「過去に報告がない」――つまり日本で初めて発見した副作用を肯定的に捉えて科学の机上に載せようとする態度が、みじんも感じられないのです。

 しかも、この制度は患者さんを救済するためのものです。相手は薬剤で、人ではないのですから「疑わしきは罰する」姿勢であるべきだと、私は常々思っています。

 ちなみに、この患者さんは薬剤中止後、明らかに改善してきています。(若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

          ◇

頭蓋内圧亢進 】頭蓋内圧は脳実質の間の空間を流れる脳脊髄液により一定の圧が保たれています。この液の産生が増大したり、吸収が減少したり、また腫瘍などで空間が狭くなると圧が亢進して、頭痛、記憶障害、神経麻痺などさまざまな脳の症状をひき起こします

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