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認知症の「チャレンジング行動」…挑戦を受けているのはだれ?

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認知症の「チャレンジング行動」…挑戦を受けているのはだれ?

BPSDに代わり

 認知症の人に起きる行動や心理症状を表すのに、「チャレンジング行動」(Challenging Behavior)という言葉を目にするようになりました。

 認知症に伴う行動症状としては、暴言・暴力や徘徊(はいかい)、異常な食行動などが、また、心理症状には幻覚や妄想などがあります。これらの症状を表すのには、従来、BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia=認知症の行動・心理症状)という言葉が使われてきました。国際学会によって合意され、日本でも定着している定義です。

周囲の環境に原因

 それがなぜ、BPSDに代わって、チャレンジング行動という用語が使われるようになったのでしょう。

 海外の認知症政策に詳しい東京都医学総合研究所心の健康プロジェクトリーダーの西田淳志さんによると、認知症の行動・心理症状は「当事者の側に問題があるのではなく、当事者を取り巻く周囲の側にある」という風に、近年、考え方が変わってきたためだそうです。

 認知症の行動・心理症状は、周囲の環境によって表れたり、悪化したりすることがあります。諸外国が認知症政策を作るにあたって、認知症の当事者が関わる機会が増えてきたことも、原因を当事者でなく社会の側に求めよう、という考え方に変わってきた背景としてあるようです。認知症に関わる事象をどういう言葉で説明するかは、「認知症政策の考え方そのものにかかわる大切な問題です」と西田さんは指摘します。

難しいが、やりがいがある

 そこで登場したのが、「チャレンジング行動」という表現です。 「チャレンジング」には、「挑戦的な」以外に、「難しくて能力を問われる」、「やりがいがある」などの意味があります。つまり、チャレンジング行動とは、ケアをする側や認知症の人を取り巻く社会の側にとって、「対処が難しいが、やりがいのある(認知症の人の)行動」ということです。

レッテル貼りにはならぬよう

 チャレンジング行動という言葉は、日本ではまだあまり普及していないようです。ぴったりした訳がないことも、その理由の一つかもしれません。

 イギリスの認知症ケアの実践者・研究者の著書「チャレンジング行動から認知症の人の世界を理解する」を監訳した筑波大准教授の山中克夫さんによると、チャレンジング行動という言葉は、元々発達障害などの分野で使われており、それが認知症においても用いられるようになったということです。

 日本語にする時に「挑戦的行動」と訳すと、本人が周囲に挑戦的・挑発的な行動をとっているような誤解を与えかねない。そこで最近「チャレンジング」というカタカナが使われ出していることもあり、訳書では「チャレンジング行動」と表記したそうです。

 山中さんは、「この際、新しい日本語を考えるのも良いかもしれない。ただ、どんな言葉にせよ、レッテル貼りになってはいけない。本人と周囲がみんなで問題解決に向かっていくようなものでないと意味がないことを肝に銘じておく必要があります」と話しています。(田村良彦)

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田村 良彦(たむら・よしひこ)
1986年、早稲田大学政治経済学部卒、同年読売新聞東京本社入社。97年から編集局医療情報室(現・医療部)で医療報道に従事し連載「医療ルネサンス」「病院の実力」などを担当。2017年4月から編集委員。共著に「数字でみるニッポンの医療」(読売新聞医療情報部編、講談社現代新書)など。

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