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小泉記者のボストン便り

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ハーバードも科学する「幸せ」と「健康」

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卒業式開催

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卒業式の祝辞を述べるフェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者

 5月25日、ハーバード大学の卒業式が開かれました。今年はゲストスピーカーに同大を中退した米フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者が登場しました。あいにくの雨でしたが、会場には多くの人が集まり、ザッカーバーグ氏が「自己を実現しようとするだけでは不十分だ。だれもが自己を実現できるような社会を作ることが大切なのだ。何かを実現しようというその思いこそ、真の幸福のもとなのだ」と語りかけると、大きな拍手が起きていました。

 今回はハーバード大学公衆衛生大学院の「健康と幸せセンター( Lee Kum Sheung Center for Health and Happiness )」をご紹介します。個人の幸福と健康の関わりについては様々な研究があります。このセンターは、前向きな思考や仕事のやりがいなどが健康にどう影響するかを解明することを目的に、昨年4月に設立されました。

病気ではなく、ポジティブな面に焦点

 これまでの医学や心理学研究は、病気や障害に焦点を当ててきました。しかし、同センター長のローラ・クブザンスキー教授は、「健康維持や病気やケガの回復を早めるのに役立つものは何か、といった建設的な面に注目するのは、等しく重要だ」と言います。

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センター長を務めるクブザンスキー教授

 これまで、ストレスや不安、孤独などの否定的な要因が、肥満や高血圧、糖尿病などの生活習慣病や心臓血管系の病気になる危険性を高めることが指摘されてきました。もっとも、病気でないことが、そのまま「健康」を意味するわけではありません。世界保健機関(WHO)は、健康について「単に病気、虚弱でないということでなく、肉体的にも精神的にもさらには社会的にも良好な状態」と定義しています。クブザンスキー教授は、「病気になる要因を特定するだけでなく、健康を増進させられる要因を見つけ出し、それを上手に活用することで、人々が健康になれるようにしたい」と研究の狙いを説明してくれました。

 幸福であることと、健康であることがどう関わり合うかは、研究者の間でも意見が分かれています。「幸せ」が健康に良い影響を与えるだろうと示唆する研究は増える一方で、幸せだから健康になるのか、健康だから幸せなのかという因果関係ははっきりしません。2015年には、イギリスの医学誌「ランセット」に、「幸せであることが寿命を延ばすことにはならない」と、これまでの流れに反する 論文が掲載され 、大変注目を集めました。ただ、この論文に関しては、「幸せや健康の測り方が正確でない」などの異論が出ており、クブザンスキー教授も 反論を発表 しています。

幸せの指標開発も

 センターは、研究の柱として、(1)健やかな心と心臓血管系との関係(2)心を整え、ストレスに対処する「マインドフルネス」という技法の効果(3)健康に関する情報やその伝え方と、健やかさとの関係――を挙げています。幸せを測るための指標の開発も検討していて、最終的に実際の公衆衛生にこれらの研究が生かされることを目標にしています。

 同大学院社会行動科学部長のイチロー・カワチ教授は、「これまで『幸福』は、主に心理学の分野で研究されてきました。公衆衛生の大学院に研究センターが出来るのはおそらく初めてで、それだけこの分野の重要性が認知されてきたといえます」と話しています。

80年の追跡調査

 ハーバード大学には80年間続いている「 成人発達研究 」という有名な調査があります。

 幸福感と健康の関わりを見る調査で、対象は1938年当時ハーバード大学の2年生だった男性268人です。(対象が男性だけなのは、当時大学には男子学生しかいなかったためです。のちの第35代大統領となるジョン・F・ケネディ氏もこのうちの一人でした)。その後ボストンの最貧地区に住む男性456人も加わりました。参加者は2年に一度、配偶者との関係や仕事の状況などについてアンケートに答えたり、5年に一度は健康についての情報を提出したりするほか、5~10年に一度は研究者と面談を行います。このうち存命なのは59人で、現在は、その配偶者や子供にも対象を広げています。

 この研究から、健康で幸せに年を取るためには、友人や家族と、質の高い関係を築くことが大切であることがわかっています。研究の4代目の責任者で、同大医学大学院のロバート・ウォルディンガー教授は、昨年11月に同大で開かれた講演会で、「友人の数が多いか少ないかとは無関係に、友人や家族と信頼できる良い人間関係を築けた人は人生に満足し、健康を維持する割合が高い。逆に悪い人間関係や孤独は致命的」と話しました。

 米国では、幸福についての研究がとても盛んなことを知り驚きました。冒頭のセンターでの研究には、日本人研究者も加わっています。研究の実験結果などが出るまで、あと数年はかかりそうですが、健康を増進させる要因がわかれば、長寿社会の日本でも参考になる点が多いことと思います。

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koizumi

小泉 朋子(こいずみ・ともこ)
2003年読売新聞東京本社入社。金沢支局、編成部を経て、2009年から社会部。10年から厚労省担当となり、生活保護受給者の増加の背景を探る「連載・生活保護」や認知症の人を取り巻く状況を取り上げた「認知症」などの連載を担当。13年から司法クラブで東京地・高裁、最高裁を取材し、「認知症と賠償 最高裁判決へ」「隔離の後に ハンセン病の20年」の連載など担当。2016年7月からハーバード大学公衆衛生大学院に研究員として留学中。

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1件 のコメント

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幸福の基準点と困難と成長の複雑な関係

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

人は簡単に裏切りますが、酒とボールは裏切りませんからね。 ドイツ人やアメリカ人は少なからず言いますよ We are the champions!...

人は簡単に裏切りますが、酒とボールは裏切りませんからね。

ドイツ人やアメリカ人は少なからず言いますよ

We are the champions! ではなく、 Beer the champions! とね。

最近はタバコや酒を目の敵のようにする人もいますが、自傷他害の恐れのあるような症例を除けば、むしろ、カネと名誉に狂った人の方が迷惑ですよ。

ハングリー精神だけではなく、不利な環境や心の闇や病みが人間の能力を育てる複雑さの問題があります。

幸福でない人ほど、幸福の認知や自己申告もゆがみますからね。

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