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宋美玄のママライフ実況中継

医療・健康・介護のコラム

無痛分娩は危険? 正しい情報で、選択を可能に

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無痛分娩は危険? 正しい情報で、選択を可能に

新宿御苑でピクニックする息子です。

 ロンドンで開催された周産期の国際学会に参加してきました。日本に戻ってくると、全国ゴールデンウィークでしたね。遠方に出かけてSNSにアップしている友人知人を尻目に私は近場で過ごしましたが、1歳の息子にとっては近くの公園を 闊歩(かっぽ) するのが一番うれしいようです。

報道で負のイメージに

 先月は、無痛 分娩(ぶんべん) に関する報道が続きました。一つは、厚労省の研究班が2010年1月から16年4月までに報告された298人の妊産婦死亡例を分析したところ、無痛分娩を行っていた死亡例が13人(4%)あったというものです。データ上、無痛分娩で死亡率が明らかに高まるとは言えないけれど、医療機関に対し、急変時に対応できる十分な体制を整えた上で実施するよう求める緊急提言を発表したとの内容でした。また、大阪府和泉市の産院で今年1月に陣痛の痛みを和らげるために硬膜外麻酔の処置を受けた女性が、麻酔後に呼吸不全になり、別の病院に搬送されたものの10日後に低酸素脳症で死亡したというものもありました。

 一つ目のニュースは、分娩に関連して亡くなった298人の方のうち、13人が無痛分娩を行っていたというもので、母体死亡に麻酔がどれだけ影響しているかは分からず、無痛分娩で死亡率が高まることを示してはいないということです。しかし、ニュースの見出しによっては無痛分娩というものは危険であるかのように誤解させるものも見られました。見出しだけで本文を読まない人の方がはるかに多いであろうことを考えると、無痛分娩に対してネガティブなイメージや偏見を助長するのではないかと残念な気持ちです。

 二つ目のニュースは、亡くなられた方とご家族がとても気の毒な事故です。無痛分娩による死亡というよりは、報道を見る限り麻酔の処置そのものによる死亡だと思われます。詳細は分かりませんが、厚労省研究班が求める「急変時に対応できる十分な体制」があれば救命できたかもしれず、再発防止のための検証とフィードバックが望まれます。

普及に欠かせない安全な体制

 日本では他の先進国に比べて無痛分娩の普及が遅れてきました。「痛みに耐えて出産しないと母性が生まれない」という偏見が背景にあるとも言われていますが、主な原因は、海外では地域の出産を担う大規模なバースセンターがあるのと違い、日本では専門性が高く無痛分娩を選べる施設が少ないことだと思います。

 最近では都市部を中心に、無痛分娩を選択できる施設が増えてきました。妊婦さんが産院を選ぶポイントの一つになってきています。ですが、一部では、急変時に対応できる十分な体制がない施設で無痛分娩が行われているのも事実です。また、本来産科麻酔は専門性の高い分野ですが、それほど詳しくない医師によって行われていることもあるようです。

 出産の痛みに意味がないのは、生理痛と同じです。分娩が長引きやすいなど副作用の説明を受けた上で、無痛分娩を選択できる施設が増えるのが望ましいと思います。どんな医療でもある確率で副作用や合併症は起こります。その場合に十分に対応できない医療体制であったために命に関わる事故が起こってしまったら、母子の健康被害という重大事態に加えて、無痛分娩の普及にも影響しかねません。無痛分娩が広がり始めた今、厚労省研究班のいう体制の整った施設での実施を徹底するように、医療システムづくりをお願いしたいと思います。

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宋 美玄(そん・みひょん)

産婦人科医、医学博士。

1976年、神戸市生まれ。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)など。詳しくはこちら

このブログが本になりました。「内診台から覗いた高齢出産の真実」(中央公論新社、税別740円)。

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9件 のコメント

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助産師です。

高橋

とても分かりやすく共感できます。 メディアによっては、問題がすり替わっていたり、無痛分娩が非常に危険であるととられかねない見出しや記事があります...

とても分かりやすく共感できます。
メディアによっては、問題がすり替わっていたり、無痛分娩が非常に危険であるととられかねない見出しや記事があります。
また、無痛分娩=甘えと捉える古い考えの人や、それで愛情が湧くのか?と心無いことを言う人がいます。愛着とは、妊娠中にできていくもの。私たちは、10ヶ月の妊娠生活で10年分もの愛情が育つと考えています。
テレビなどで、発信力のある先生から、多くの人に呼びかけて欲しいと思います。

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無痛分娩と羊水塞栓の知見を見聞きして

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

麻酔科学会で無痛分娩と羊水塞栓症(及び大量出血と産科DIC)のセッションに参加しました。 個人としての知識と技術の問題の他、組織としてのプロトコ...

麻酔科学会で無痛分娩と羊水塞栓症(及び大量出血と産科DIC)のセッションに参加しました。
個人としての知識と技術の問題の他、組織としてのプロトコールの共有の問題があると思いますし、いずれも、マンパワーや輸血、希少薬剤の問題で、動線の整理とセンター化が望ましいように思いました。
(今の時点でも、ニュースに出てる事案の何割かは改善できそうな知見や器材が出ていました。)

無痛分娩はしないけど、その前の段階のゲートキーパーをやってくれる産科医や助産師、総合診療医などへの配慮=住み分けと連携も大事になるのではないかと思います。

開腹手術と腹腔鏡手術の問題にも似ていて、無理なトライやヘイト合戦に行くと共倒れです。
「痛みと古臭くも確立した手技を選ぶ権利」も尊重しないといけません。
キレイごとですが、大事です。

個人的には、今の最先端の知見の充足に10年かかり、さらに必要な臨床の課題のクリアと普及にもう20年はかかると思います。
そこに、新たな薬剤やデバイスも加わるでしょう。

現時点での最新の知見で理論背景から治療案の修正を行い、技術的課題から政治的課題まで考えさせられました。

知見の共有と難症例を受ける施設への配慮がキーになると思います。

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無痛分娩

あや

現在臨月でアメリカで初産です。バースプランを考えていたところこちらを拝見しました。アメリカで八割以上が無痛分娩で24時間体制の麻酔科医が総合病院...

現在臨月でアメリカで初産です。バースプランを考えていたところこちらを拝見しました。アメリカで八割以上が無痛分娩で24時間体制の麻酔科医が総合病院では常駐しています。

日本の友達などから、この事件のあとに無痛分娩大丈夫なの?と連絡がありましたが、ネットなどを見たところやはり報道の仕方にかなり問題がありますね。問題の論点が不明瞭なまま単に無痛分娩が危険という認識が広まっただけという印象です。
 
私は無痛分娩の予定で、少子化が叫ばれる日本でなぜ無痛が広まらないのか、残念でなりません。アメリカの無痛の場合でも子宮口5センチまでは麻酔なしなので痛いのには変わりありませんが、体力の回復度合いが違うと聞きます。

変な古い固定概念に縛られず、選択肢が増えたらいいのにと切に思います。

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