小泉記者のボストン便り
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米国で深刻な処方鎮痛剤の乱用問題
鎮痛剤の処方 1990年代半ばから急増
ボストンメディカルセンターで、長年、薬物依存症患者の治療を続けているジェフリー・サメット医師は、「がんの痛みの緩和などだけでなく、関節痛や頭痛などの慢性的な痛みの治療にまでオピオイド鎮痛剤が安易に、大量に処方されるようになったことが、大きな問題につながった」と指摘します。
米国では1990年代半ば頃からオピオイド系の鎮痛剤が幅広く処方されるようになりました。 国立薬物乱用研究所(NIDA) などによると、そうした背景には、昔のけがや手術の後遺症などによる痛みに苦しんでいる人が多くいることへの批判がありました。米国 疼痛 学会も、医師は痛みを最小限にするため積極的に治療に取り組むべきだ、との意見を表明しました。
新商品が続々と販売され、オピオイド系鎮痛剤が頭痛や腰痛、歯痛などの慢性の痛みにまで広く処方されるようになりました。1999年から2011年に販売量は3倍になり、中毒死は4倍に増えました。 米疾病対策センター(CDC) によると、12年の処方件数は2億5900万件。アメリカ成人一人に一瓶ずつの鎮痛剤が行き渡る量でした。
その結果、余った薬が家族や友人間で使い回しされたり、複数の医療機関を受診して得た薬を不正に転売したりするケースも目立つようになりました。
処方鎮痛薬の依存が、ヘロインの乱用にもつながっている、と指摘する声もあります。NIDAによると、ヘロインを乱用した人の8割は、処方薬の乱用から始まったというデータがあります。ヘロインによる中毒死は、2015年に1万2989人と、この5年で4倍に急増しています。
米政府や各州も対応
米政府や各州では、事態を重く見て対策に乗り出しています。州レベルでは、患者が他の病院でどのような処方を受けているのかを医師が確認できる「処方薬流通監視プログラム(Prescription Drug Monitoring Program)」が導入されました。一部の州では、大量に処方を続ける診療所などへの規制強化も進めています。
CDCは慢性の痛みの初期の治療には オピオイド系鎮痛剤以外の方法が望ましいことなどを記したガイドラインを、昨年3月に 発表しました 。
また、昨年11月には オピオイドを含めた薬物依存についての報告書 を公衆衛生局長官が初めて発表し、強い危機感を示しました。前長官も同月にハーバード大学で講演をした際、「アルコールを含めた薬物依存患者は増え続けているのに、10人に1人しかきちんとした治療を受けられていない」と強調しています。
アメリカは、1980年代、薬物犯罪に厳罰で臨み、薬物依存者を大量に刑務所に送りましたが、再犯が後を絶ちませんでした。現在、薬物依存症には治療や福祉的な支援で対応する、という考え方に変わっています。司法の場でも治療に重点が置かれたプログラムを選べるようになっています。
医療者の教育も必須
ただ、今も、不必要にオピオイドが処方されるケースが散見されます。オピオイド依存から回復途中のある男性は、頭痛の症状で病院を受診した際、依存問題があると医師に伝えたにもかかわらず、再びオピオイド系の鎮痛剤を処方されたそうです。
「オピオイドをがんや手術後の痛みなど、限られた場合にだけに処方することは周知されてきたが、依存症に関する教育が医療従事者に十分行われているとは言えない。医師だけでなく、看護師やソーシャルワーカーなど、治療にかかわるすべての人が依存症についての教育を受けるべきだ」と、サメット医師は言います。医学部などで依存症をカリキュラムを取り入れる大学も増えているそうです。
「私自身、3~5日の短期の治療プログラムに何回も参加しました。しかし、一時的に薬が抜けても、すぐに元の状態に戻ってしまい、自分に嫌悪感を抱き続けてきました」と言うダガンさんは、長期的な治療プログラムの必要性を訴えます。
「入院施設で他の薬物依存経験者に会い、初めて心を開いて話せたことで、精神的な依存から立ち直るきっかけができた。一時的な症状の改善を目指すだけではなく、長い目で立ち直りを支えることが必要です」
鎮痛剤をはじめとする依存問題がアメリカでどれほど深刻かは、新聞や大学のセミナー、家族に依存者のいる人などを通して知りました。オピオイド鎮痛剤は、日本でも利用されていますが、主にがんの疼痛治療を目的に医師が処方するもので、厳密に管理されており、乱用のリスクは格段に低いと言えます。しかし、医師からの処方で依存症が増えてしまった状況を目の当たりにすると、アメリカの教訓を生かせる部分もあるのではないかと思いました。
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分かりにくいダメージと鎮痛剤の複雑な関係
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慢性損傷や高エネルギー外傷の場合、傷のサイズや痛みの自覚症状の訴えや出血量と重症度や致命率は必ずしも相関しないという悩ましい問題があります。
そこに、鎮痛剤の問題も重なります。
よく効く薬は、様々な症状を覆い隠してしまいます。
経験したスポーツによる膝の損傷と顔面裂傷を例にとります
スポーツによる損傷は、一般論として、トレーナー、開業医や整骨院の治療での治癒がうまくいかない場合、靭帯や半月板、筋骨格などの、眼やレントゲンでは見えない重症やの可能性を考えて、大きな病院でMRIを撮られるほうが無難です。
怪我は、怪我と確認されなければ怪我ではないので、無理してしまう選手も多いと思います。
負傷状況に応じた柔軟な選手の使い方をできるチーム状況とは限らないので、そういう意味ではチームと個人の利害相反もあります。
次に、サッカーの小競り合いで眼瞼裂傷の関連。
傷口が小さい場合、一般人の感覚だと傷が小さい=ダメージが少ないと考えがちですが、実はそうではなくて、傷の発生にかかるエネルギーが内部に向かっている可能性も考慮しないといけません。
その場合、脳震盪に準じた状態や慢性期の脳内出血や眼窩吹き抜け骨折を考えて、意識レベルの低下と複視の出現を予測する必要があります。
鎮痛剤は損傷を治すわけではないが、快適な生活やちょっとした無理を支えます。
そこに依存症や集団生活、致命傷の可能性の問題も合わさってきます。
やみくもな鎮痛剤の使用と同じく、やみくもな禁止も問題です。
折角ですから、また取り上げていただければと思います。
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適切な鎮痛医療を学ぶ苦痛とどう向き合うか
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5月2日の「患者本位の検診に」にもコメントを書きましたが、実際、医学の内容の更新を一部の医師だけで行っても、うまくいきません。 過去の医療に携わ...
5月2日の「患者本位の検診に」にもコメントを書きましたが、実際、医学の内容の更新を一部の医師だけで行っても、うまくいきません。
過去の医療に携わった上級医師のメンツ、スタッフの認識、市町村や患者の認識、そういう部分は半ば宗教的であり、既存の意識を塗り替えるのは半ば宗教戦争のような部分もあります。
「宗教は人民の阿片である」という言葉が思い出されますが、認識を変えるという苦痛も含めてどう運用するかという高尚な悩みともいえます。
昔ほど医師の権威が強い時代ではなく、科学的に塗り替えていくことが要求されますし、旧来の医療を好む人との折り合いもつけていかないといけません。
日本ではオピオイドは麻薬扱いなので稀ですが、類似の強力な鎮痛剤や少し弱いNSAIDsも含めて物質依存や心理的依存は存在します。
自分もスポーツは長くやってきたので、自分自身や周囲の出来事も含めて、痛みとどう向き合うかは一つのテーマでしたが、痛みのことや、薬のこと、スポーツ医学やスポーツを深く学ぶほどに、様々なアプローチがあることを知りました。
痛みに限らず、諸症状は身体からのサインであり、不快ですが悪ではありません。
しかし、不便や不快感を抱えながら生きていくには、学びや心の余裕が必要であり、いつでもそういう時間や余力が持てるわけでもありません。
改めて、専門家を尊重しながらもみんなで考えていく時代です。
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