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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

精神保健福祉法の改正案はなぜ、つまずいているか

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監視の不安は、病状の悪化を招きかねない

 警察への情報提供が、なぜ問題なのでしょうか。

 警察に情報が伝わる可能性は、患者の不安を高めます。それでなくても精神障害者の中には、警察に監視されているという妄想を持つ人が珍しくないのに、妄想が現実化してしまいます。病状の悪化につながりかねません。薬物依存の場合、違法薬物の使用が医療機関から警察に伝わって処罰につながるようでは、医療スタッフと信頼関係を築けず、治療の妨げになります。

 そもそも精神障害の有無、その病状は、高度なプライバシー(センシティブ情報)です。公的機関だからといって、明確な利用目的と本人の同意がない状況で情報を伝えるのは、行政機関の個人情報保護法の考え方に照らしても、適切と言えないでしょう。

 それでも事件を防げるなら、と考えるなら、まさに治安目的の制度になってしまいます。

 刑務所を出所した人の中には、再犯のおそれのある人がいるでしょうが、警察への情報提供は基本的に行われません。仮出所した人の再犯防止は法務省の保護観察所が担当しますが、刑期を終えた人の動向を権力機関が監視する制度はありません。人権上、問題があるからです。満期出所した人への地域生活定着支援事業は、純粋に福祉的支援です。

 それに比べ、少なくとも心神喪失者等医療観察法の施行(2005年7月)の後、措置入院になった患者は、重大な他害事件を起こしたわけではありません。性質として凶悪な行為をする「サイコパス」なら、最初から刑事処罰の対象です(ほとんどの精神障害者の実像とは、まるで違います)。

 警察への連絡は、犯罪としてぜひとも処罰すべき案件がある場合、他者または本人の生命・身体に具体的な危険が生じた場合、本人が自主的に希望した場合に、限定すべきでしょう。

患者の味方になる人を付けよう

 精神保健福祉法による入院には、大きな欠陥があります。措置入院・医療保護入院といった強制入院は、人身の自由を奪うものなのに、患者の味方になる人が付く制度がありません。また、任意入院の場合を含めて精神科の入院中には、保護室などへの隔離、身体拘束、通信・面会・外出の自由の制限など、人権の制限がしばしば行われ、病院職員による虐待事件も少なからず起きているのに、患者の権利を守る人が付くしくみがないのです。

 本人・家族・代理人が退院請求、処遇改善請求をすれば、行政から独立した精神医療審査会が審査する制度はありますが、請求自体が少なく、ろくに機能していません。

 権利擁護があまりにも不備なのです。しかも強制入院や隔離、身体拘束は、この十数年、増え続けています。支援を強調するなら、それらの改革こそ、最優先で取り組むべき課題です。

 措置入院制度を見直すなら、患者の付添人として弁護士と、病院からも行政からも独立した精神保健福祉士を必ず付けるしくみを導入してはどうでしょうか。患者が自分の味方と思える人を付けるほうが、入院中からの退院支援、退院後の継続的支援、精神的な安定に結びつくでしょう。

 措置入院患者を危ないと見る発想が法改正案の背景に漂っているのを改め、患者本人を本気で支援する姿勢に転換することです。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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