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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

精神保健福祉法の改正案はなぜ、つまずいているか

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措置入院の解除が遅くなるおそれ

 改正案の内容のうち、措置入院開始の妥当性に対する精神医療審査会による審査の新設、措置入院の診療ガイドラインの整備、院内での退院後生活環境相談員の選任はよいでしょう。

 次に、行政(保健所設置自治体)が中心になって、本人、家族、医療・福祉・市町村など関係機関の担当者を集めて個別ケース検討会議(調整会議)を開き、退院後支援計画を作成する、となっています。これは原則として入院中に行われます。この点はどうでしょうか。

 支援計画の作成はよいことだと思いますが、精神保健福祉法は、措置入院患者に自傷他害のおそれがなくなれば、直ちに退院させなければならないと定めています。人身の自由を奪う理由がなくなるからです。現状でも、措置入院は1か月未満あるいは3か月未満の短期で終わるほうが一般的です。

 ところが、個別ケース検討会議の日程調整や支援計画の作成に時間がかかると、措置解除(退院)が遅れかねません。現実には、支援計画ができるまで解除しない、簡単には退院させない、という運用に傾くのではないでしょうか。自傷他害のおそれの有無についての精神保健指定医の判断も主観に左右されるので、その判断時期がこれまでより遅くなることも考えられます。

 行政の担当者も病院のスタッフも、退院後に何かあった時に責任を問われたくないと考えがちだからです。実際、相模原事件では、植松被告が犯行の約5か月前に措置入院してから13日間で退院し、その後のフォローも不十分だったとして、塩崎大臣は、行政や病院の対応を問題にしたのです。

生活の安定と孤立防止は、幅広く必要

 改正案では、退院後も、医療その他の援助を継続的に受けられるよう、個別ケース検討会議を開いてフォローする、本人が引っ越しても、その地域の担当行政へ引き継ぐとしています。フォローの期間は、支援のガイドラインで6か月程度になる見込みですが、個別の状況によって延長はありえます。生涯にわたって続く可能性も否定できません。

 医療の利用が必要な場合は多いかもしれませんが、病状が悪化せずに地域で暮らすために、より重要なのは、生活の安定と孤立の防止です。それが結果的に、自傷・自殺や他害行為を防ぐことにもつながります(相模原事件の植松被告は退院後、両親宅を訪れたり、事件前夜に女性と食事したりしており、必ずしも孤立していたとは言えません)。

 生活の安定を図り、孤立を防ぐための支援は、措置入院の経験者に限らず、ほとんどの精神障害者に必要です。措置入院になるかどうかは、その時の状態によるのであって、障害のタイプが本質的に違うわけではありません。また、支援と言うなら、本人の了解なしの支援はありえません。

 ところが、厚労省が作った案は、措置解除された人だけに綿密なフォローをする内容で、本人の意向との関係もあいまいです。だから、支援という名の監視にならないかという懸念が生じるのです。

 精神障害者の地域生活支援は、かつてに比べると広がったものの、まだまだ不十分です。とくに福祉への費用投入額は、医療に比べてわずかです。しかも、障害年金も生活保護も、締めつけられる傾向にあります。そういった福祉の底上げが遅れているのに、措置解除後のフォローばかりを強調するのでは、説得力が乏しいわけです。

警察に氏名や病状が伝わる可能性

 もうひとつ大きな問題は、警察との関係です。

 法改正案では、行政が中心になって精神障害者支援地域協議会を設け、2種類の会議を開きます。措置入院の運用や支援体制などを全般的に話し合う関係機関の「代表者会議」と、個別ケース検討会議(調整会議)です。警察は、前者の代表者会議に出席するけれど、個別ケース検討会議には原則として出席しないと厚生労働省は説明しています。

 そうすると、個々の患者の氏名や病状といった個人情報・プライバシー情報は、警察に伝わらないように聞こえますが、実はそうではないのです。

 「たとえば自殺のおそれが認められるとか、繰り返し応急の救護を要する状態と認められるといったような場合で、保護を行ったり地域生活の継続を支える観点から警察の協力が必要になる場合には、例外的に個別ケース検討会議に参加することもありうる」と、厚労省の堀江 (ゆたか) ・障害保健福祉部長は、参議院の質疑で答弁しました。自殺防止や応急救護に警察がどう役立つのか、よくわかりませんが、これは例示なので、ほかの場合でも警察が参加する可能性があります。

 例外的なら本当に限定されるのか。精神科の入院は本人の同意に基づく任意入院が原則なのに、強制入院がほぼ同程度の人数にのぼること、例外的であるべき隔離、身体拘束が多数行われていることを考えても、例外はすぐに一般化する可能性があります。すでに兵庫県、広島県、宮城県では、措置入院に関する個別ケースの会議に警察が参加していることも、参議院の質疑で明らかにされました。

 一方、代表者会議では、個別事例を扱わないとされていますが、厚労省は「確固たる信念を持って犯罪を企画する者」「入院後に薬物使用が認められた場合」をグレーゾーン事例と呼び、「該当する場合は行政・医療・警察が個別に連携して対応する」としています。

 また、2種類の会議の具体的な運用は、自治体や協議会の判断にゆだねられるので、厚労省がガイドラインを示しても、その範囲内の運用になるとは限りません。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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