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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

精神保健福祉法の改正案はなぜ、つまずいているか

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 国会で審議されている精神保健福祉法の改正案が、迷走しています。

 主な内容は、措置入院制度の強化と退院後のフォローです。政府はもともと、法改正の趣旨(目的)を説明した資料の冒頭で、昨年7月に起きた相模原市の知的障害者施設殺傷事件を挙げ、「二度と同様の事件が発生しないよう、以下のポイントに留意して法整備を行う」と書いていました。つまり、事件の再発防止です。

 それでは、治安目的の法改正になるという批判が障害者関係の団体や野党議員から強まり、答弁に困った塩崎恭久・厚生労働大臣は、その部分の趣旨説明を削除して陳謝しました。提出した法改正案の趣旨を審議中に削るのは、おそらく前代未聞です。

 けれども、法改正案の本文は変わっていません。では、何のための法改正なのか、やっぱり精神障害者を危険視して閉じ込め、監視を強める制度づくりではないか、との議論が続いています。政府は「監視するわけではない。支援の強化が必要だ」と説明しています。

 支援の強化? 本当の支援ならよいのですが、精神科の入院患者や地域で暮らす精神障害者を支援するために、政府は、はたしてどれだけのことをしてきたでしょうか。入院患者の人権を守るしくみは整っているのでしょうか? 退院支援を本気で進めてきたでしょうか? 地域生活を支える福祉に力を注いできたでしょうか? そのアンバランスに、つまずきの要因があると思います。

相模原事件の原因を取り違えていないか

 このコラムでも以前に書いたように、相模原事件の原因は精神障害ではなく、知的障害者の生存権を否定する差別思想と見るべきです(「 相模原事件再考(上)(下) 」参照)。差別的な考え方を社会からなくしていく取り組みが肝心であり、精神障害者への対策で防ごうというのは的外れです。

 植松聖被告は捜査段階の精神鑑定で「完全責任能力があった。自己愛性パーソナリティー障害などがある」と判断されたと報道されています。鑑定の具体的内容は公表されていませんが、かりに、今回の鑑定が正しいとしても、パーソナリティー障害は思考特性や行動特性の「傾向・程度」であって、差別思想に直結するわけではありません。はたしてパーソナリティー障害が犯行原因だとする鑑定になっているのかどうかも不明です。なのに、精神障害のせいだと決めつけて法制度を作ったら、偏見を助長することになります。

精神保健福祉法の目的は、事件防止ではない

 精神保健福祉法は、その目的を次のように定めています。

 第1条 この法律は、精神障害者の医療及び保護を行い、障害者総合支援法と相まつてその社会復帰の促進及びその自立と社会経済活動への参加の促進のために必要な援助を行い、並びにその発生の予防その他国民の精神的健康の保持及び増進に努めることによつて、精神障害者の福祉の増進及び国民の精神保健の向上を図ることを目的とする。

 つまり目的は、精神障害者の福祉の増進、国民の精神保健の向上であり、そのために行うことは医療、保護、援助、保健予防活動です。社会防衛(治安対策)は、まったく登場しません。

 措置入院は、自傷または他害のおそれのある精神障害者を対象に、行政権限(知事または政令市長の命令)で行われますが、法律の目的に照らすと、医療や保護を行うのは、患者本人のためと解釈されています。他害行為についても、それを防ぐほうが本人の利益になる、という考え方によって強制入院が正当化されるという解釈が一般的です。実際の運用はともかく、少なくとも建前上は、治安対策のための法律ではないわけです。

 にもかかわらず、法改正にあたって事件の再発防止を掲げたら、おかしい。この矛盾を突かれて、塩崎大臣が確かにまずいと判断したから、改正案の趣旨から再発防止目的を削除したわけです。

 とはいえ、法改正案は、政府が相模原事件の検証と再発防止策を検討するために精神科医などの専門家を集めたチームの報告をベースに作られました。しかも、昨年9月の中間とりまとめの段階で、検討チームがいったん合意した内容を、塩崎大臣が指示して、自分の意向に合うよう大幅に書き換えさせてから受け取ったといういきさつがあります。再発防止目的の言葉を削っただけで法案の性格が変わるものではないでしょう。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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