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松永正訓の小児医療~常識のウソ

コラム

「私、失敗しないので」は本当?

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「私、失敗しないので」は本当?

 先日、私のクリニックを受診した3歳の女の子は、昨夜から強い腹痛と 嘔吐(おうと) があるといいます。よくある胃腸炎かと思い、ベッドに横になってもらいお (なか) を触診したところ、上腹部の腹壁に強い緊張があります。私は「これは少し変だ」と思って超音波検査を行うと、肝臓のすぐ下に大きな 嚢胞(のうほう) (水分がたまった袋の構造)が映りました。この病気はおそらく先天性胆道拡張症です。 膵臓(すいぞう) と十二指腸をつなぐ管、ならびに、肝臓と十二指腸をつなぐ管に先天的な奇形がある病気です。持続する強い腹痛の原因になります。

 私はお母さまに病気の説明をして、大きな病院に紹介状を書きました。この病気の手術は大変複雑な手技を要することを説明すると、お母さまは不安な瞳を大きく開き、 (たず) ねてきました。

 「手術、うまくいきますよね? 失敗しないですよね?」

 私はとっさにはうまく返答することができませんでした。患者家族の立場からすれば、少しでも腕のいい外科医に手術してほしいところでしょう。失敗など、決してしてほしくないでしょう。だけど、いい外科医とは、一体どういう外科医を言うのでしょうか? そして、手術の失敗とは果たしてどういうことを言うのでしょうか?

神の手を持つ外科医

 手術の腕が優れた外科医を神の手を持った外科医などと言いますが、そんな医者は実際にいるのでしょうか? そんな外科医はいないとも言えるし、どこにでもいると言えます。私はこれまでに、自分の母校に関係するたくさんの外科医の手術を見てきました。また、他大学の先生の手術を生で見たり、学会発表のビデオで見たりもしました。ですが、「この人の手術は神業だな」などと思ったことは一度もありません。

 手術というのは、やるべきことをただひたすら高度な集中力を持ってやり抜くことのみであると言えます。若いうちは、その手さばきがつたないかもしれません。ですが、10年、15年と時間をかけて修練を積めば、誰でも必ず手技が一定のレベルに到達します。

 外科医をやっていると「手先が器用なんですね?」と言われることがよくありますが、手先の器用さと手術のうまさは関係ありません。ちょっと逆説的な説明ですが、どんなに手先が器用な人でも、最初から手術がうまいなどということは100%あり得ません。手先の器用さで手術がつとまるかというと、外科はそんな甘い世界ではありません。

 考えても見て下さい。日本人で、箸を使ってお米を (つま) めない人ってまずいませんよね? しかし、この動作は、欧米人から見ると大変な驚きになります。それは単に経験の違いです。10年以上、毎日箸を使い続ければ、誰でも米を摘めるようになるわけです。乱暴な例えかもしれませんが、手術とはそういうものです。そういう意味で言うと、神の手を持つ外科医などいないということになります。

並の手を持つ外科医

 その一方で、神の手を持つ外科医なんて、どこにもウジャウジャいるとも言えます。ほら、よくメディアに登場しますよね? 神の手を持った外科医。こういう名称は、周囲の人間が当人をおだてて言っているだけであって、自分のことを神の手を持っているなどと言い出すならばその人はちょっと誇大妄想です。

 外科の道を究めようとする人は、いえ、外科の世界に限らず自分の技術を高めようと志す人は謙虚なものです。自分で自分を神などと言うはずがありません。

 しかしながら、どうも世の中には神の手を持った医者が満ちあふれています。メディアで取り上げられて神の手などと呼ばれた場合は、「それは違います」と否定するくらいのつつましさがあってもいいのではないでしょうか。

 手術の上達とは経験に尽きます。読売新聞は「病院の実力」をムックとして販売し、ヨミドクターにも掲載しています。朝日新聞出版は「いい病院ランキング」というムックを発売しています。ともに、「手術の数」を病院評価の一つの目安にしています。私はこのようなムックなどに全面的に賛成するわけではありませんが、ほぼ当たっていると思います。研修医の段階では誰もが並の手の外科医です。それが修練を積み重ね、次第に熟練の技を獲得していくのです。ゴールはありませんから、神の領域もありません。

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松永 正訓(まつなが・ただし)

 1961年、東京都生まれ。1987年、千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会・会長特別表彰(1991年)など受賞歴多数。2006年より、「松永クリニック小児科・小児外科」院長。

 『運命の子 トリソミー  短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて2013年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。著書に『小児がん外科医 君たちが教えてくれたこと』(中公文庫)、『子どもの危険な病気のサインがわかる本』(講談社)など。

 ブログは http://wallaby-clinic.asablo.jp/blog/

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7件 のコメント

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手術訴訟や医療崩壊の背後にある社会変化

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

タイムリーなことに、大都市大学病院での術後合併症の確認不足による死亡での訴訟がありました。 訴訟結果ではマニュアルの順守が争点になっていますが、...

タイムリーなことに、大都市大学病院での術後合併症の確認不足による死亡での訴訟がありました。

訴訟結果ではマニュアルの順守が争点になっていますが、おそらく、多くの医師は違和感を覚えていると思います。

自分も、慢性期疾患が主体で、コミュニケーションの取りづらい重症患者の微細な変化を取り逃したことがあります。
そこにはその時点での個人の能力や他のスタッフとの関係など色々な原因がありましたが、病状の真実を告げて謝罪しました。

さて、5月27日読売新聞13面に陸の孤島の地域医療崩壊の問題が描かれていますが、争点が医師数に絞られています。

実情にマッチさせるのが難しい専門医制度、女医や時短医のスキルアップや活用などの問題にも絡みますが、医師の個性、多岐にわたる学習や休養、収入、家族関係という複雑な問題の整理はできていません。

難題なのですから仕方ありませんが、各医療機関の収益構造や資格と業務の分布の不均衡をインフラも交えて議論しないと無理でしょう。

同じく、14面にはフランスにおける哲学の授業がありましたが、直接利益のない難題が回りまわって自分の手元に返ってくる感覚の共有とそこからの解決への意識づけは大事です。

その問題が詳細に解けるか否か、若くして解けるか否かではなく、共有できるかの問題がそこにあります。(無関心を作らない)

都会の都会や、都会の田舎でも問題は発生しているので、専門医か否かだけで、都会か否かだけが問題でないことは明白です。

研修医制度、専門医制度だけでなく、市中病院や大学病院の役割も医療産業の立ち位置もこの10年で様変わりしていますが、既得権益や既損権益と調整することが大事になると思います。

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合併症の有無 個人とチーム医療の複雑性

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

前回投稿は後者が修正文でした。 さて、術後の回復の速さや合併症の多寡は、患者の個体差だけでなく術者やチームにより差があるとは思います。 (利害相...

前回投稿は後者が修正文でした。

さて、術後の回復の速さや合併症の多寡は、患者の個体差だけでなく術者やチームにより差があるとは思います。
(利害相反もある内科外科連携や近隣施設連携などが良好な地域であれば理論上は救命率も上がります。)

メインやサブの外科医、麻酔科医、手術補助スタッフの腕前や連携だけでなく、難症例を拒むか否か、週間、月間、年間の手術数や機材や人員の余裕などなど、僕なんかよりも本業の外科医や麻酔科医の先生がご存知でしょうが、把握不能な原因さえ多々あると思います。
最後は運と結果論なので、正当なものからそうでないものまで、医療訴訟が乱立する背景ではないかと思います。
ドラマでは話題性や視点の偏りもあり、書く方も見るほうも認知が歪むのでしょう。

手術数に結果がある程度相関するのは、そういう設計思想で手術数の多い病院が組み上げられているからだと思います。
野球で言えば、ホームランの数ではなく、延長戦になっても、どれだけ効率的にヒットや送りバントを重ねられるかがメイン。
それに向いたチームの性質や医師などのスタッフの資質が存在し、腕が良くても汎用性のない人間は活き場が限られます。

技術のうまい下手は相対的な問題だと思いますが、研修期間の間でも様々な医師の技術を目にしました。
その記憶に加えて、外科系学会のビデオセッションに行くと、知識と手先の融合に慣れを加えて手術が完遂されるのだと分かります。
不器用でも、上手に症例完遂するビデオも多々見ました。

あるいは、ビデオや臨床家を研修医時代に沢山見れば、自分のキャリアの中での出所進退も分かるのかもしれません。

手術機器や情報通信も進歩し、患者や社会が変われば、医師も病院もあり方が変わると思います。

外科を含む各医師の適性と幸福の先に、患者の幸福もあると思います。

私、失敗したので、説得力ありませんが。

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20世紀型の外科医量産システムからの転換

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

「外科は人を殺して一人前になる」は言い過ぎでも、失敗の数だけ、失敗に気付いた数だけ成長するのは確かです。 ポリクリ最初が小児外科の肥厚性幽門狭窄...

「外科は人を殺して一人前になる」は言い過ぎでも、失敗の数だけ、失敗に気付いた数だけ成長するのは確かです。

ポリクリ最初が小児外科の肥厚性幽門狭窄症の腹腔鏡手術でした。
それから手術のみならず、診断も治療も、リカバーできる失敗から、出来ない失敗まで、現場のほかカンファレンスや学会で何例も見ました。

素質の上と下から一割は天性の領域で、他の8割の人は努力や習慣づけ次第と思います。
ご飯を食べるのは同じでも、食べ方のキレイさが違うのと一緒です。

代理経験も大事で、相関の論文もあります。
進学校も医学部もスポーツに対しては意見が分かれますが、戦略思考や基礎体力や逆手の巧緻性なども10代からの慣れが有利です。

ただ、今の上級医が長時間労働の努力神話のギルド社会育ちであり、最近少ない、少々不器用でもタフでポジティブな若手が、10-20年後には術後管理も含めて良い外科医師になる確率は高いです。
コメディカルも含めて動きますから、人や組織との相性も才能です。

自分は十年前に外科医の組織の論理の暴走で医師人生を潰されたので嫌悪していますが、医療の再現性=インフラ側面も考えれば組織の論理も大事です。

新人外科医減少の状況や昨今の医療や社会環境の変化と折り合いをつけられるベテラン外科医や地域の意見が待たれていますが、内科やインフラなども含めて守備範囲の再編成が行われるでしょう。

ちなみに、外科系を段階的に諦めた僕が消極的に選んだ画像診断実務は、最初のハードルは高いですが、第三者から邪魔が入りにくく、答えの客観性が高い業務です。
大きな学会で、半頭葉のわずかな萎縮を遠回しに指摘して、どこかの高名な教授に逆ギレされても、拾った所見と読み筋があっていれば、わかる人には懇親会で評価してもらえます。
ひょっとすると、外科医よりも技術寄りかもしれません。

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