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時間かけた「良い視力」より…時間かけずに測定した「実効視力」で判断を

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時間かけた「良い視力」より…時間かけずに測定した「実効視力」で判断を

 私は、去る3月16日に厚労省で行われた、現在の基準を見直すための、第2回視覚障害の認定基準検討会を傍聴しました。今回は、その感想を述べてゆきたいと考えます。

 視覚障害に関連ある3団体(日本盲人会連合、日本網膜色素変性症協会、片目失明者友の会)からの意見のヒアリングが、当日の主たる議事でした。

 全体を通しての感想としては、視覚障害当事者たちの見え方の実感を、9人の検討会構成員(うち眼科医6人)の方々がどれだけ理解しているのか、明確ではなかったことです。

 例えば、盲人会連合の方は左右眼とも矯正視力は0.3前後ということでしたが、構成員の一人は、「それだけ視力があるのに介助者が必要だとは信じられない」と発言しました。

 目に病気がなく、適正な眼鏡をかければ視力良好な人で、眼鏡を外すと0.2や0.3の視力しか出ない人はいくらでもいます。一般には0.3といえば、そういう時の視力のことを想像しがちです。その人は裸眼で外出したり、走ったりも平気ででき、日常行動に困ることはありません。

 ところが、眼球の病気を持つ人が、何とか矯正して0.3が見えたとしても、見え方の質は健常者とは全然違います。病気ならば、視機能の種々の属性(視野、色覚、形態覚など)が正常とは言えないからです。

 とりあえず視力という数値で見え方を代表させてはいますが、それは見え方の一部しか反映していないことは、このコラムを連載しはじめた頃に何度か取り上げました。( 2015年7月30日2015年4月23日 )。

 この時、 仲泊(なかどまり) 構成員が質問しました。「その矯正視力は、数秒で測定した数値か、よくよく時間をかけて得た数値か」という質問です。後者であれば、数字上は0.3でも、それは必ずしも 中心窩(ちゅうしんか) で見えたものとは言えず、生活で使用できる実効視力とは限らないという意味です。

 病変のために最も機能の高い中心窩が使えず、その周辺のよりましな機能の残っているところを使わざるを得ないケースはよくあります。その患者は正面視ではよく見えないため、視標が最もよく見えるところを、眼球を微妙に動かすなどして何とか探し出し、試行錯誤しながら答えます。こうして時間をかけて得られた視力は、しばしば実効視力とは遠いものになることがあるわけです。

 視力検査も時間をかけて、最もよい視力を出すやり方ではなく、時間をかけずに測定した視力のほうが実効値に近いという観点から、仲泊氏は「障害認定時の視力検査法での標準化が必要だ」と発言していました。

 大変合理的な考え方であると、納得できる意見でした。(若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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