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がん診療の誤解を解く 腫瘍内科医Dr.勝俣の視点

コラム

“画期的ながん治療”の罠(2)~エビデンス・ベースト・メディアのすすめ

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がん免疫療法のガイドライン

 日本臨床腫瘍学会は、免疫チェックポイント阻害剤が登場したことにより、免疫療法についての適正使用を呼びかけるために、2016年12月に、がん免疫療法の診療ガイドラインを刊行しました(4)。

 このガイドラインは、がん免疫療法について、全ての治療法を網羅的にエビデンスを詳細に検討し、患者さんに実際に推奨できるかどうかを客観的に判断していますので、非常に信頼できるガイドラインと言えます。

 もちろん、免疫チェックポイント阻害剤だけでなく、従来の免疫細胞療法についても、レビューされていますが、免疫細胞療法で推奨されている治療はありません。

 免疫細胞療法の中では、最新治療であるがんワクチンや樹状細胞を含んだ免疫細胞療法の臨床試験は、これまで数多く行われました。

 世界で行われた大規模なランダム化比較試験では、悪性リンパ腫(5)、大腸がん(6)、肺がん(7)、 膵臓すいぞう がん(8)で、失敗に終わっています。

 免疫細胞療法の中で、唯一、有効性を示しているのは、2010年に米国で承認された、前立腺がんに対する“プロベンジ(シプリューセルT)”という樹状細胞ワクチン(9)です。ホルモン療法抵抗性になった前立腺がんに対して、全生存期間をプラセボ(偽薬)と比較して、有意に延長させました(生存期間中央値25.8か月対21.7か月)(9)。

 ただ、このシプリューセルTは、日本では導入されていません。

 実際のところ、前立腺がんに対しては、その後、アビラテロンやエンザルタミドのような新しいホルモン療法剤、カバジタキセルという新規化学療法も承認され、シプリューセルTの影は薄くなっていると言えます。

 患者さんにとっては、免疫療法というと“自分の免疫力を増加し、がんをやっつける夢のような治療”と、とらえられてしまうのではないでしょうか。

正しくない免疫療法が横行している日本の実態

 本来なら、効果が証明されていない治療が医療機関によって提供されることはあってはならないことと思われますが、残念ながら、我が国では、自由診療という名のもとに、保険外治療として、免疫細胞療法が自由に患者さんに行われている実態があります。

 残念ながら、日本では、このように医師が行う自由診療は、無規制で野放し状態になっているのが現状です。

 患者さんは藁にもすがる思いで、少しでも良いものがあるならと、こうした保険外の自由診療にもつい手を出してしまいます。

 それが本当に患者さんに希望をもたらすものであればよいのですが、実際には、効果がないばかりか、患者さんにとって大切な、時間や、お金も奪ってしまいます。

エビデンス・ベースト・メディアのすすめ

 冒頭に述べた免疫細胞療法セミナー(主催:リンパ球バンク株式会社)の広告を出したのは、私の調べでは、読売新聞西部版、朝日新聞西部版、西日本新聞でした(10)。

 読売新聞社は、この企画を後援までしていました(現在は、後援を取り消したそうです)。

 また、日本経済新聞でも、株式会社テラの免疫細胞療法の一面広告を掲載していました(11)。

 医学的根拠に乏しく、ガイドラインに推奨されていない治療で、しかも承認されてもいない治療法を最新治療などと言って誇大広告することは、厚生労働省が規制する医療法における医療広告ガイドラインにも違反すると私は考えます(12)。

 また、これまで厚生労働省は、インターネットは、医療広告ガイドラインには該当しないとしてきたのですが、医療機関のウェブサイトの内容に、虚偽や誇大な表現などがないかどうかを規制する医療法改正案(13)が2017年3月10日に閣議決定され、国会に提出されました。

 医療情報は、患者さんにとっては、命綱になります。

 間違った医療情報を伝えることは、患者さんの大切な命を奪ってしまうことにもなりかねません。

 また、がん患者さんにとって、大切な生活の質(クオリティー・オブ・ライフ)を奪ってしまうことにもなりかねません。

 ましてや、大手メディアが与える影響は絶大なものがあります。

 患者さんは、有名な新聞、テレビで報道されたからと、つい信じてしまいます。

 医療情報を伝えようとするメディアは、広告だからといって、ろくに検証もせず、安易に伝えないでほしいと思います。

 メディアの第一目的は、正しい情報を伝えることだと思います。

 もちろん、利益がなくてはメディアもやってはいけないものと思いますが、利益を第一にしてしまっては、何のためのメディアかわからなくなります。

 EBMって聞いたことがありますでしょうか? EBMとは、Evidence Based Medicine(エビデンス・ベースト・メディシン)の略で、根拠のあるデータ(科学的エビデンス)に基づいた医療のことです。

 EBMは、これまでの医療が、信頼のできない経験に基づくものであったことの反省から、全世界に広がった考え方です。

 医療が怪しい情報を基にするのではなく、信頼できる確かな情報、エビデンスを基に行われることは当たり前のことだと思います。

 ましてや、利益誘導のために、エビデンスを無視した医療が行われてはいけません。

 メディアも同様だと思います。

 医療メディアが、患者さんのために、信頼できる確かな情報に基づいたメディアになってくれることを願ってやみません。

 参考

  1. New Drug Development: Science, Business, Regulatory, and Intellectual Property Issues Cited as Hampering Drug Development Efforts. GAO-07-49, US Government Accountability Office. Nov 17, 2006.
  2. Borghaei H, Paz-Ares L, Horn L, Spigel DR, Steins M, Ready NE, et al. Nivolumab versus Docetaxel in Advanced Nonsquamous Non-Small-Cell Lung Cancer. N Engl J Med. 2015;373(17):1627-39.
  3. Brahmer J, Reckamp KL, Baas P, Crino L, Eberhardt WE, Poddubskaya E, et al. Nivolumab versus Docetaxel in Advanced Squamous-Cell Non-Small-Cell Lung Cancer. N Engl J Med. 2015;373(2):123-35.
  4. 日本臨床腫瘍学会. がん免疫療法ガイドライン. 金原出版. 2016:http://www.kanehara-shuppan.co.jp/books/detail.html?isbn=9784307101837
  5. Freedman A, Neelapu SS, Nichols C, Robertson MJ, Djulbegovic B, Winter JN, et al. Placebo-controlled phase III trial of patient-specific immunotherapy with mitumprotimut-T and granulocyte-macrophage colony-stimulating factor after rituximab in patients with follicular lymphoma. J Clin Oncol. 2009;27(18):3036-43.
  6. Harris JE, Ryan L, Hoover HC, Jr., Stuart RK, Oken MM, Benson AB, 3rd, et al. Adjuvant active specific immunotherapy for stage II and III colon cancer with an autologous tumor cell vaccine: Eastern Cooperative Oncology Group Study E5283. J Clin Oncol. 2000;18(1):148-57.
  7. Butts C, Socinski MA, Mitchell PL, Thatcher N, Havel L, Krzakowski M, et al. Tecemotide (L-BLP25) versus placebo after chemoradiotherapy for stage III non-small-cell lung cancer (START): a randomised, double-blind, phase 3 trial. The Lancet Oncology. 2014;15(1):59-68.
  8. Middleton G, Silcocks P, Cox T, Valle J, Wadsley J, Propper D, et al. Gemcitabine and capecitabine with or without telomerase peptide vaccine GV1001 in patients with locally advanced or metastatic pancreatic cancer (TeloVac): an open-label, randomised, phase 3 trial. The Lancet Oncology. 2014;15(8):829-40.
  9. Kantoff PW, Higano CS, Shore ND, Berger ER, Small EJ, Penson DF, et al. Sipuleucel-T immunotherapy for castration-resistant prostate cancer. N Engl J Med. 2010;363(5):411-22.
  10. がん免疫細胞療法セミナー(広告). 2016年10月24日朝日新聞西部版、2017年1月30日西日本新聞、2017年2月20日読売新聞西部版.
  11. 日本経済新聞 広告. 2017.2.24,2017.3.16.
  12. 厚生労働省. 医療法における病院等の広告規制について
    http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/kokokukisei/index.html
  13. 厚生労働省. 医療機関のウェブサイト等の取り扱いについて(とりまとめ)
    http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000137781.html

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katsumata

勝俣範之(かつまた・のりゆき)

 日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授

 1963年、山梨県生まれ。88年、富山医科薬科大卒。92年国立がんセンター中央病院内科レジデント。その後、同センター専門修練医、第一領域外来部乳腺科医員を経て、2003年同薬物療法部薬物療法室医長。04年ハーバード大学公衆衛生院留学。10年、独立行政法人国立がん研究センター中央病院 乳腺科・腫瘍内科外来医長。2011年より現職。近著に『医療否定本の?』(扶桑社)がある。専門は腫瘍内科学、婦人科がん化学療法、がん支持療法、がんサバイバーケア。がん薬物療法専門医。

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4件 のコメント

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自費診療

予備軍

http://www.asahi.com/articles/SDI201707270521.html?iref=comtop_list_api_...

http://www.asahi.com/articles/SDI201707270521.html?iref=comtop_list_api_f02

他紙の記事で恐縮ですが、こういう記事を読みますと、勝俣先生のご指摘と通じるものだと思い、思わず納得です。それにしても、患者の不安感をもてあそぶようで、悪質ですね。

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EBMを阻む人間的な要素 医局制度の功罪

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

EBMを阻むのはEBMだということは案外知られていません。 対立するEとはエゴとエクスペリエンス(経験)です。 各医師のエゴ、組織のエゴ、地域の...

EBMを阻むのはEBMだということは案外知られていません。
対立するEとはエゴとエクスペリエンス(経験)です。
各医師のエゴ、組織のエゴ、地域のエゴ、企業の収益構造のエゴは、データの本音や先進的アイデアとしばしば利害相反です。
一部の患者のエゴはEBMに基づいた診断治療の精度よりも医師の親しみやすさや地域の文化や人間関係に向かいます。

また、医者は経験と言いますが、経験の一部は人工知能(機械)のデータと思考回路、新治療、新検査と利害相反です。

難しいのは、そういう変化の良い部分はみんな喜びますが、マイナスの部分を人は嫌うということです。

実際、機械も未発達で、インターネットもない時代から、徒弟制度と医局制度の下の各医師の貢献で過去の医療が成り立っていたわけで、それを全否定も全肯定できないことも過渡期の難しい問題です。

だからこそ、遠隔画像診断もなかなか進まないわけで、それまでの診断治療のストーリーの変化の可能性を医師サイドでも患者サイドでも好意的に受け止められる場合とは限らないからです。

ところで、専門医が若手や中堅で必須になりつつありますが、家庭の事情などで取得できないケースも多々あります。
そうなると、白い目で見られないために非専門医はむしろEBMを学ばないといけないんですよね。
EBM=現在の推奨される標準をよく知らないと、EBMの中の医療も外の医療も上手に行えません。
皮肉なものです。

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EBMとは何か? 過去と心情との兼ね合い

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

炎症・再生医学会で免疫チェックポイント阻害剤の効果と副作用のセッションを拝聴しました。 健康診断で、使用患者さんに出会ったことはありませんが、今...

炎症・再生医学会で免疫チェックポイント阻害剤の効果と副作用のセッションを拝聴しました。
健康診断で、使用患者さんに出会ったことはありませんが、今後は出会う確率も上がってくるでしょうから良かったです。
専門医程深く知る必要もないでしょうが、専門じゃないから全く知らないのとでは、患者さんの心身の状態への理解が変わります。

印象深かったのは、放射線治療のように、遅れて合併症が出てくる場合がある事でした。
他の薬でもよくある間質性肺炎や肝障害、腎障害だけではなく、腸炎なんかもあり、それがCT所見に現れていました。
かの薬が固形癌を縮小することで、癌も含めた全身の免疫のバランスが崩れるせいでしょう。
今後、薬剤の改良や合併症を抑える薬の開発も進むでしょう。
(癌治療は今の人類の大きな目標ですが、より良い健康寿命やQOLの敵はがんだけではありません。)

言い換えれば、最新のEBMは現在もっとも勧められる標準治療ということであり、過去の治療や特殊治療や未来の可能性との勝負の中で優位であるということに過ぎません。
EBMは絶対不可侵ではなく、進化の最先端ということです。
この構図が見えていないと、正しく理解したうえでも、過去の治療と心中したり、特殊治療や治療放棄に向かう患者さんの気持ちに寄り添うことはできないでしょうし、そういう感情が患者説明の時に出てしまうと思います。。
診断も治療も完全ではないが、最善は尽くしているということへの医師と患者双方の共通理解が大事です。

そろそろ、EBMを書き換えるアイデアを実行に移してみようと思います。

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