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在宅訪問管理栄養士しおじゅんのゆるっと楽しむ健康食生活

医療・健康・介護のコラム

栄養士が知った、栄養よりも大切なこと

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栄養士が知った、栄養よりも大切なこと

はるばる神奈川県から来た、尊敬する在宅訪問管理栄養士の先輩を美味しいずんだ餅のお店にご案内しました。誰かと一緒に食べると、やっぱりおいしいですね

 新年度がスタートしました。我が家の次女も、ぴかぴかの小学1年生です。パッションピンクの真新しいランドセルを背負って、もうすぐ行われる入学式を心待ちにしています。

 どんな時でも、新たな人間関係を作るのは大変ですが、仕事でもプライベートでも、豊かなネットワークを持っている人は、充実した毎日を送っているのではないでしょうか。

 今回は、そんな「つながり」と食の関係についてご紹介します。

 数年前までは、病気を予防するのも、健康を維持するのも、「栄養と活動と休養」が最も大切であると考えていました。特に、「栄養」については、私の働き次第で患者さんの栄養状態が良くも悪くもなると信じていました。しかし、ある医師との出会いによって、「栄養よりも大切なもの」を気づかせてもらいました。東北大学大学院国際歯科保健学分野教授の 小坂おさかけん 先生です。

 小坂先生は、東北大学大学院の教授でありながら、在宅医療の臨床現場でも仕事をされています。とても気さくでダンディーな小坂先生は、「よかったら研究室にも遊びにいらっしゃい」と声をかけてくださいました。

 小坂先生の研究室では、 口腔こうくう 状態を含めた個人の健康がコミュニティーや社会経済状況などと深く関わっていることを明らかにするため、「ソーシャルキャピタル」が健康に与える影響について、さまざまな研究を行っています。1) ソーシャルキャピタルとは、「人とのつながり(結束)により得られるもの」のことです。「社会関係資本」とも呼び、「地域や人とのつながりや信頼感をもとに、人が他人を思いやる協調的な行動をとり、それが地域全体や自分の財産になる」2)という考え方です。私は、初めて研究室を訪れた時に、この「ソーシャルキャピタル」という言葉を知りました。そして「栄養よりも大切なもの」は「人と人とのつながり」であると感じました。

 この「社会関係資本と健康」の研究者である、米ハーバード大学公衆衛生大学院のイチロー・カワチ教授の著書の中で大変興味深い研究が紹介されています。

 46~71歳の看護師約9万人、医療従事者3万9000人を対象に、婚姻状況が健康にどのように影響を与えたのかについて調べたものです。その結果、「毎週食べる野菜の量は、男女ともに結婚すると増え、離婚もしくは伴侶と死別すると減る」「再婚すると(野菜の摂取量が)ぐんと増える」ということが明らかになったのです。

 私は「なるほど、そうだろうな」と感じつつ、少しショックを受けました。生活習慣病の改善のために、野菜を食べるよういくら促しても食べてくれない独身の方に必要なのは、管理栄養士ではなく結婚相手なのかもしれません。結婚して、1人から2人への生活になることが、「つながりの財産」になり得るのですね。

 これ以外にも、「社会と健康」をテーマにしたさまざまな研究について紹介されていて、目から うろこ とはまさにこのことでした。イチロー・カワチ教授の著書との出会いは、在宅訪問管理栄養士としての私の仕事に多大な影響を与えました。特に糖尿病や脂質異常症などの生活習慣病の患者さんに対して、その方が属する環境や社会的な状況について深く掘り下げていくことで、「病気になった原因」を多面的にとらえることができるようになりました。

 一人で食事をしていると、つい食事の内容はいいかげんになりがちです。

 私の母も、「食べてくれる人がいるから、一生懸命料理するのよ。私一人なら卵かけごはんかお茶漬けよ」とよく言っていました。料理が得意な主婦であっても、自分の分だけの食事は簡単に済ませてしまうことがほとんどです。

 しかし、家族が留守なのでと友人たちを呼んで自宅でランチ会をすることになったら?

 サラダにメインディッシュ、デザートにフルーツまで揃うでしょう。多少食べすぎてしまうかもしれませんが、多様な食品が食卓に並ぶことで、食事全体の栄養価が向上することは予想できます。

 友人や仕事の仲間と集う時、「食」は私たちの距離を近づけてくれる、大切なツールの一つです。 美味おい しい料理を食べながら、お酒を酌み交わし、「美味しいね」と うなず きあうことで、人と人とのつながりを深めてくれます。

 一人暮らしの高齢患者さんを訪問すると、「一緒にお昼を食べませんか」と誘われることがたびたびあります。みなさん、「一人で食べると美味しくないから」とおっしゃるのです。そんな時は時間の許す限り、持参したお弁当を広げ、一緒に食事をするようにしています。そして、共に食卓を囲むことで、たわいもない会話を楽しみ、私とその患者さんの距離がぐっと近づく気がします。

 これからの超高齢社会を迎えるにあたり、一人暮らしの方が増えていくことが予想されています。平成24年(2012年)の調査では、65歳以上の高齢者のいる世帯のうち、単身の世帯は全体の2割を超えています。3)

 そのような社会の中では、ご近所さん同士の「おすそわけ」や「お茶飲み」の文化をより一層大切にしていくべきだと思います。時には皆で集まって食事をするのもいいですね。そんなときには、宮城名物の「芋煮会」がおすすめです。

 また、「ご近所さん」だけでなく、医療介護従事者も重要な「ソーシャルキャピタル」のひとつです。住み慣れた土地で最期まで暮らすためには、その社会におけるよりきめ細かなネットワークを構築し、一人暮らしの人も、障害がある人も、網目からこぼれおちてしまわないようにしていく必要があると思います。

 「食」を通して、地域や人々のつながりを増やしていくことは、私たちの「ソーシャルキャピタル」をより豊かなものにしてくれるのではないでしょうか。

1)東北大学大学院歯学研究科口腔保健発育学講座国際歯科保健学分野ホームページより
http://www.dent.tohoku.ac.jp/field/health/05/index.html

2)「命の格差は止められるか」イチロー・カワチ 小学館新書 2013年7月

3)内閣府平成26年版高齢社会白書より
http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2014/zenbun/s1_2_1.html

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塩野崎顔2_100

塩野崎淳子(しおのざき・じゅんこ)

 「訪問栄養サポートセンター仙台(むらた日帰り外科手術WOCクリニック内)」在宅訪問管理栄養士

 1978年、大阪府生まれ。2001年、女子栄養大学栄養学部卒。栄養士・管理栄養士・介護支援専門員。長期療養型病院勤務を経て、2010年、訪問看護ステーションの介護支援専門員(ケアマネジャー)として在宅療養者の支援を行う。現在は在宅訪問管理栄養士として活動。

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