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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

ひとりぼっちにしない――下関駅を焼失させた男性の社会復帰

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もう一回、社会に戻りたい

 奥田さんは、情状証人として裁判に出て、出所時に身元を引き受ける意思を明らかにしました。結審の日の被告人質問で、津田さんは「ぼくはもう一回、社会に戻りたい」と述べました。

 08年3月26日、山口地裁の判決は、懲役10年。求刑(懲役18年)を大幅に下回りました。裁判官は「軽度の知的障害で、高齢でありながら、出所後、格別の支援を受けることもなく、社会に適応できなかったことは、くむべき事情」と述べました。奥田さんは「格別の支援ではなく、当たり前の支援が受けられなかったんだ」と思いながらも、「生きているうちに会える」と喜びました。

 その日の夕方、拘置所へ面会に出向いた奥田さんは「絶対に生きて出てきてください。二度と火をつけないで、社会の中で生き、社会の中で死んでいく。それがあなたにできること。生きましょうね」と語りかけました。「ウワー」と津田さんは、アクリル板の向こうで号泣しました。

 奥田さんは、検察庁に控訴断念するよう、次のような嘆願書を出しました(要約)。

 「罪は罪です。裁かれて当然です。しかし私は、74歳の行き場がなかったホームレスの老人が、しかも刑務所にしか自分の居場所がなかった困窮孤立の老人が、再び生きる希望を見いだすことのできる社会でありたいと思います。私たちのホームレス支援の基本は、ハウスレス(家に象徴される物理的困窮)に対する支援とともに、ホームレス(家族に象徴される関係の困窮)に対する支援でありました。(彼を)生きて更生させることは、社会の側の責任であると思いますし、ホームレス化していく現在の社会にとって大きな希望であると信じています」

 検察側は、控訴しませんでした。津田さんは拘置所・刑務所にいる間、奥田さんと何十通も手紙をやりとりしました。そして何度も、こんなことを書き送っていました。

 「ぼく刑務所出る時だれ一人と迎へにきません。今度刑務所を出る時は、奥田さんが迎えに来てくれので楽しみです」(原文ママ)

誰かと一緒にごはんを食べられる

 下関駅の事件がひとつのきっかけになり、障害のある受刑者、高齢の受刑者への対策の必要性が国レベルで認識されました。07年度から刑務所で社会福祉士の採用が始まり、09年度には法務省・厚生労働省が司法と福祉の連携を正式にスタート。刑務所や少年院を出る人への福祉的支援や住居確保を行う「地域生活定着支援センター」の事業が開始されました。「司法福祉」という言葉も広がりました。抱樸は10年度から地域生活定着支援センター事業の委託を受け、一部の職員が保護司にもなりました。

 奥田さんは、16年春から津田さんの受け入れ準備にかかりました。関係機関による総合カンファレンスを開き、保護観察所、北九州市精神保健福祉センターも全面協力しました。

 津田さんが福岡刑務所を仮出所したのは16年6月2日。奥田さんは、教会の2階にある自宅に「おかえり」と迎え入れました。放火の累犯者を受け入れるのは、勇気のいることです。

 津田さんにとっては六十数年ぶりの家庭的な暮らし。奥田さんは「ずっとひとりぼっちやったよね。誰かと一緒に生きていく、しゃべる、ごはん食べることが必要なん違うかなあ」と語りかけました。

 それでも一度、津田さんは行動を注意されてから外へ飛び出し、行方不明になりました。スタッフ総出で探して見つけました。パチンコで所持金を費やしており、もう少しで、かつての二の舞いになりかねないところでした。

 8月3日に刑期が満期になると、無料低額宿泊施設「抱樸館北九州」(定員30人、すべて個室)へ移りました。8月25日には一緒に下関駅を訪れ、「ご迷惑をおかけしました」と謝罪しました。

今は寂しくない

 すでに刑務所を出てから、ほぼ10か月。かつてない社会生活の長さです。

 「週に4回、デイサービスに行ってます。絵を描いたり、踊ったり、体操したり。毎日楽しい。時間がたつのが早い」と話す津田さん。同じ施設で暮らす仲間もいて、ホームレス支援の炊き出しも手伝います。「生活も安定したし、今は寂しくない。生きてて良かった」。そんな言葉も出ます。

 奥田さんは、人に寄り添い続ける「伴走型支援」の必要性を訴えてきました。

 「生活上の問題を解決する手段として伴走するというより、伴走そのものが目的だと考えている。ただし、やりすぎると、失敗する権利を奪ってしまう。大事なのは、質より量。いろいろな人との関係を本人が作れるようにする。強力な糸が5本しかなかったら、少し切れたら不安になるけど、細くても糸が100本あったら、10本、20本切れても心配ない」とシンポで説明しました。

悪循環を食い止める福祉的支援

 犯罪者、受刑者というと、一般の人とかけ離れた存在のように考えがちですが、津田さんのような事例は珍しくありません。万引きや無銭飲食など軽微な事件を重ねた結果、服役を繰り返している人も大勢います。それらの背景に、軽い知的障害があることが多いのです。

 人間らしく生きるには、生活基盤(衣食住、お金)と、つながり(人との関係)が土台として欠かせません。障害による不利や小さな事件が、福祉の不備、社会的排除によって生活苦、社会的孤立を招く。それがさらなる不利、さらなる事件につながる、という悪循環があります。犯罪に対して、とにかく厳しく処罰しろ、と考える人が世の中の主流ですが、障害のある人や孤立していた人には、悪いことは悪いというけじめと併せて、福祉的な支援が必要です。そうした場合、刑事事件の捜査段階や裁判の段階で福祉の専門職がかかわるしくみを導入すべきではないでしょうか。

 日本の犯罪は、もともと諸外国に比べて少ないうえ、近年はさらに減り続けていますが、悪循環を食い止める取り組みは、まだまだ不十分です。就労を含めて社会に再び迎え入れることが、安全の向上にもつながります。生活保護をはじめ、福祉への締めつけは、刑事事件を増やしかねません。

 警察・検察の対応や刑事裁判の量刑を見ると、社会の底辺にいる人々に厳しい傾向を感じます。政治家、官僚、警察官、企業幹部といった人々の違法行為や組織の不正にこそ、もっと厳しく対処すべきではないでしょうか。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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