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元ちゃんハウスより~がんと生きる医師・西村元一の手紙

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医療の進歩 患者のためになっているか?

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抗がん剤治療の進歩

医療の進歩 患者のためになっているか?

治療の進歩は、患者にプラスばかりをもたらすわけではないと講演でも話すようにしています

 抗がん剤治療には、副作用は当然ながら、ある程度つきものです。脱毛、味覚障害、白血球減少等、さまざまなものがあり、その程度によって経過観察をしたり、治療を休んだり、症状と病状を考えて強行したりすることになります。そして治療自体もある意味、日進月歩で、自分自身が医師となった頃と比較すると隔世の感があります。何せ外科医になった1983年頃は「胃がんや大腸がんなどの消化管のがんには抗がん剤や放射線治療は効かない」ということが前提で治療が行われており、外科医がしゃかりきに“最後の とりで ”として手術を頑張っていたことを思い出します。現在は抗がん剤治療の進歩もあり、当時であれば余命半年と言われていたような、多発性の肝転移がある大腸がんの患者さんが今や平均で約30か月も生存できるようになってきました。

 当然、そのような成績が出るためには治療を規定通り継続することが重要です。その点で考えると、抗がん剤そのものの進歩もありますが、副作用が以前よりもコントロール可能となって治療をしっかりと遂行できるようになってきたことも成績が良くなっていることに つな がっていると思います。特に患者にとって大きく変わったのは、“抗がん剤治療=「げろげろ吐く」「食べられない」”というイメージがまだまだ残っている消化器症状に尽きると思います。

副作用のコントロール

 消化器症状、特に吐き気や 嘔吐おうと に対して、昔は「ステロイド」と「ドンペリドン」という吐き気止めしかなく、ある程度の症状はしようがないというのが医療者の間でも一般的な思いでした。しかし、ステロイド等の使い方がうまくなったことに加えて、「5HT3製剤」や「NK1製剤」の登場により明らかに改善してきました。自分自身も治療当日というか、治療中から普通に口から食べることが可能でした。……というよりもステロイドのためか食欲、食事量ともに通常よりも増加しました(笑)。また下痢や便秘など他の消化器症状に対しても、薬物でうまくコントロールができるようになりました。

 今回1次治療から4次治療までの間にいろいろな副作用をコントロールする療法を実際に受け、その効果も体験しました。十分にコントロールする薬を使った場合、治療当日はほとんど消化器症状がなく、よかったのですが、逆にその日の夜から翌日にかけて目がらんらんと えてしまい眠れず、変に元気だったことを思い出します。家内からも「抗がん剤治療をした時は異様に元気になるね!」とよく笑われました。

 1次治療のDCS(ドセタキセル・シスプラチン・エスワン)療法の際に、治療計画通りに投与後3日ほど、飲み薬のステロイド剤を服用している間は全く吐き気を感じませんでした。しかしながら服用が終わった翌日、むかむか感が現れて、「ステロイドは本当に効くんだ!」と改めて実感したことが昨日のことのように思い出されます。

改善のつもりが改悪に?

治療の効果と副作用のバランスを考えながら、薬は処方されます

治療の効果と副作用のバランスを考えながら、薬は処方されます

 また薬に関しても従来は注射薬が中心であり、“抗がん剤治療=入院=長時間の点滴注射”というイメージでした。ところが、注射薬と同じ効果がある飲み薬が登場したことなどにより、通院での治療がかなり可能となり、イメージが大きく変化してきました。加えて薬の形を変えるなどさまざまな改善も行われています。

 例えば飲み薬が口の中で溶ける形状になったのも、その一つです。口に入れると甘く、そしてしばらくすると溶けてしまう――。非常に飲みやすく便利な薬だと思います。ただし、それは元気で異常がない人にであって、もし甘さを感じやすい副作用があるような状態ではどうでしょうか? 自分自身が受けた1次治療の際、開始後1週間余りで口の中が絶えず甘苦い感じとなる状態になり、特に人工甘味料的な甘さが結構、 つら くなってしまいました。その途端に、当時何種類か処方されていた口の中で溶ける薬を服用するのが本当に苦痛になってしまい、それからは、いかにできるだけ早く飲み込むかを努力するという試練の毎日が続きました。うまくいかず上顎にくっついた時にはある意味、悲劇的でした。繰り返しになりますが、元気で普通の大多数の人はこのような薬の形状の改善で恩恵が得られると思いますが、私のように特殊な状況の一部の人には改悪になっている可能性があることも考えておく必要があります。

 特にがん患者の場合は、がんの状況とともに治療の過程でさまざまなことが起きており、通常の状態とは明らかに異なっている可能性があります。また一人一人の個人差が非常に大きいのも間違いありません。そして「ちょっと胃の調子が悪いから」「ちょっと風邪気味だから」といった時に服用する薬剤と異なり、治療のキーポイントになる薬の場合には治療をしっかり完遂するためにもそれなりの配慮が必要だと思います。口の中で溶ける薬が大丈夫であれば、それを飲んでもらう、もしダメで、かつ他の形状の薬があればそれに変更する、などのちょっとした心遣いが重要になると思います。

最善の患者支援とは?

 「元ちゃんハウス」でも患者さんとの間で、今回の原稿のテーマにした抗がん剤治療の話もよく出ます。「抗がん剤治療が終わってから吐き気が続くことがあっても何も言えない」とか、「吐き気がまだ続くのですが……」とスタッフに言ったところ、「予定の吐き気止めは終わったので、もうすぐ治ります」などと言われて我慢した患者さんが少なくないことがわかりました。

 抗がん剤治療の副作用の対処に限らず、がん治療における医療者が関わる支援は数多くあります。医療全体が忙しくなって個別な対応というものが非常に難しくなっており、クリニカルパス(治療計画表)などを用いた効率化も非常に重要です。しかし、多数の効率化を考えるあまり、うまくコントロールできないような患者さんが置いてけぼりになってしまっている気がします。そのような患者さんに対しては、一人一人としっかりとコミュニケーションをとり、状態などを把握したうえで個別の支援を考えることも必要なのではないでしょうか? 今回、治療を受ける側となり、以前に自分自身が担当してうまく治療が続けられなかった患者さんを思い出しながら、そんなことを思いました。

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西村 元一(にしむら・げんいち)

 金沢赤十字病院副院長、第一外科部長。1983年、金沢大学医学部卒業。同大学病院教授を経て、2008年4月より金沢赤十字病院外科部長、09年副院長に就任。専門は大腸外科。日本外科学会、日本消化器外科学会、日本消化器病学会など複数の学会の専門医・指導医。がんとむきあう会代表。15年3月、肝臓に転移した胃がんが見つかった。闘病前から温めていた「街中にがん患者が医療関係者と交流できる場所を」という願いを実現し、16年12月、金沢市内に「元ちゃんハウス」をオープンした。17年5月死去。がんとむきあう会のウェブサイトはこちら

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