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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

医療・健康・介護のコラム

「前の医師の診断は間違い」と…言いたくても言えない理由

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「前の医師の診断は間違い」と…言いたくても言えない理由

 前の医師と診断、見解が違うとき、これは医師にとって悩ましい事態となります。

前医で緑内障とされているが、どうも違うのではなかろうかと検査を進めていると、最終的に異なった診断に至る。

  (まぶ) しくて眼が開けられず、近くの医師にドライアイの点眼薬を処方されたが一向に改善しない例が、実は典型的な 眼瞼(がんけん) けいれんだったなどといった症例は、私の外来では珍しくありません。

 大学病院の医師になったころ、先輩医師に「前医の誤診や悪口を患者さんの前で決して言ってはならない」と、きつく教えられました。理由を尋ねると、そのようなことをすれば、もはやその医師からは患者を紹介してもらえなくなるし、次は自分の誤診や失敗を見つけられて報復にさえ遭うからだということでした。

 新米医師としては、自分の上司からならともかく、周囲の開業や病院の医師から失敗を指摘されることは、確かに怖いことだと思いました。

告白すれば、若いころは前医の診断や見解はおかしいと思っても、目をつぶってしまったことは一度や二度ではありませんでした。

 でも、医学は科学ですし、医者だけのものでは決してなく、むしろ、あくまで患者のためのものだということに異論を挟む余地はないと思います。

ですが、その場合、どう患者さんに説明すべきか、どう納得してもらうかで非常に苦慮します。

 「前医の診断は間違いです」とストレートに言うのは、あまりに自信過剰で品がありません。

 しかもそれは、前医を信頼していた患者の行動すら否定することにもなりかねません。前医に診てもらっていた期間が5年、10年、20年と長ければ長いほど、場合によっては、その人のその期間の生き方にケチをつけることにもなります。患者さんをがっかりさせ、医療全体への信頼をも壊しかねない言動は本意ではありません。

 では、どうしているのか。私は、前医がどうして判断を誤ったのか、いかに難しい判断だったのかをできるだけ丁寧に説明することにしています。しかも、その間に医学上の知識が発展し、蓄積されてきたからこそ、今ようやくより適切な診断や治療に 辿(たど) りついたのだということを説明します。もちろん、それは正当な過程であり、虚偽の説明ではありません。

 診断が変わっても、治療法、対応法が変わらなければ平和です。しかし、治療法が変わったり、治療不要になったりすることもあり、この時は時間をかけて、あるいは一回でなく何度かの通院の中で、患者さんの反応を確認しながら進めることもあります。

前医が処方していた薬物が、患者さんに不利益をもたらしていた場合には、いっそう厄介な事態です。これは、次回取り上げることにします。(若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任。15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人 心療眼科医が本音で伝える患者学」、「絶望からはじまる患者力」(以上春秋社)、「心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因」(集英社)、医療小説「茅花流しの診療所」、「蓮花谷話譚」(以上青志社)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半は講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組む。

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