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木之下徹の認知症とともにより良く生きる

介護・シニア

認知症の薬が効かない!

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認知症の薬が効かない!

イラスト・名取幸美

 今回、意外に難しい問題。

 鈴木陽子さん(仮名、55歳)が、母親の山中みつさん(仮名、80歳)について話しかけてきました。

 陽子さん「先生、このアリセプトですか、それとメマリー。ともに最大使っていて、どうして効かないんですか?」

 みつさんは、陽子さんのとなりで居眠り。

 当クリニックでは、認知症の薬が「効く」「効かない」をどうやって判断しているのか。

 今回は、医学的な観点からのスタート。

 認知症の薬。受診者の顔色を見て、

 医師「んー、なるほど。いい感じに効いているね」などとわかると便利。

 日本の薬の承認時の臨床試験(一部の試験を除く)からは、医師の直感(主観的な判断)があてにならないことが、粗く示されています( 第2回 認知症の薬 )。まずは復習から。

 いま承認されている認知症の薬も、認知機能の低下をおさえることに主眼がおかれ、臨床試験が実施されてきました。

 だから、その臨床試験になぞって考えれば、次のグラフのようなものがあって、それを診察室で説明すると、たいてい、

 「なるほど、進行を遅くするんですね」

 とご理解いただけます。

 そのうえで私はたいてい、

 「飲むか飲まないかはご本人が決めてください」

 と、このグラフを説明するだけに (とど) めています。

 とはいえ、みなさん、十中八九「飲む」という選択をします。「認知機能の低下にブレーキをかけたい」というのは、等しく誰にでもある願いなんだなあ、と感じ入ります。

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 ここまでの話は簡単。でも、実際にこの効果をどう知るのか。

 かりに血圧の薬。ある時高血圧で来院。

 医師「上が190(mmHg)超えてますね。いくつか検査します。」

 ……検査後、

 「薬処方するからしっかりと飲んでください」

 後日、血圧を測定。

 医師「なかなかいい値ですね。ほっとしました」

 高血圧の薬なら血圧計で測定して、その効果を知ることができます。

 でも、血圧計がなければ、話にならない。

 血圧の薬の効果を、手元に血圧計がなく、しかたがなく顔色を見て、

 「ん、なるほど、よく効いてますね。大丈夫」

 とは言わない。

 一方、認知症の薬。なかなか、認知機能の低下を測定しながら、チェックすることは日常診療の中でやっていないかもしれません。

 当院では認知症発症前、軽度認知症の人々を含めて診療をしています。そんな性質上、検査を受けていただける人には、半年ごとにこの認知機能の検査をさせていただいています。

 だから薬をルールに従って「規定量」飲めば、下のように変化する人が多い、という印象です。(以下はイメージ図 実際のデータではありません)

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 ところで、事情により抗精神病薬(おとなしくなる薬)をやむなく飲む。その場合、少し認知機能の低下速度が速まるように思います。つまり「薬を飲んでいないアルツハイマー型認知症の場合」の曲線を下回る場合があります。当院ではほぼ全例、質問形式の神経心理検査というもので、薬の効果をチェックしています。データが多く積みあがっています。臨床、つまり診察するために集めたものです。研究論文や公表のためではないので、ここに示すわけにいきません。この時点では私個人の推察の範囲内です。しかし、そのデメリットを上回るほどの、別のメリットがあると見込まれれば、こういう薬を飲む、というのは、医療における意思決定のよくあるパターンです。

 ちなみに抗精神病薬の副作用については、手足の動きが悪くなる、顔の表情が乏しくなる、のみ込みが悪くなるといった「 錐体外路(すいたいがいろ) 症状」、便秘が強くなる、口が乾くなどの「抗コリン作用」に注意する必要があります。認知機能の低下の有無とその程度については、これからの重大な研究テーマになるのかもしれません。脳トレが認知機能の低下を改善するのと同じくらいに、明確な証拠がない。

 手術を受ける、レントゲン検査をする、薬を飲むなどについて。どれもこれもよい結果と悪い結果が生じる可能性があります。ある治療や検査をうけるのかどうか、をどう決定するか。日本のいまの医療の文化では、益が害を上回る、という「思い」があれば、受けてもらっても妥当だな、と考えます。その害や益を数値で表す場合もあります。でもそんな数値がなければ、いまの医学の文化における経験知を、その医師が総動員して治療を受ける人に提示する。そして本人の同意が得られれば、その治療が始まる、というふうに考えるのだろうと思います。

 ただ、未来は誰にもわからない。この(手術、薬)検査を受けると、こういうことがあって、いまよりよい結果である、というのは推察です。

 その通りにならない人もいます。よいだろうと思ったのに。結果が悪い。そういう人。

今回のテーマ。山中みつさんが、その人なんです。

 認知症の薬の効果が可視化され、ちゃんと認知機能の低下にブレーキがかかっていることを示せたときには診察室はお互い、よい雰囲気に包まれます。

 しかし可視化できたせいで、効いていない現実も知ってしまいます。

 つまり、薬を目いっぱい飲んでいるにもかかわらず、山中みつさんの場合、以下のような状況だったのです。

 (以下はイメージ図 実際のデータではありません)

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 たしかに1剤よりも2剤を同時に飲んだほうが、臨床試験では、よい結果が得られています。

 当クリニックでは1剤飲んで、認知機能低下のブレーキの利きが悪ければ増量し、増量でもブレーキが足りなければ2剤飲む、といった流れになる人が多い。

 しかし臨床試験とは、たとえば本物薬を飲んだ群と偽物薬を飲んだ群との群の間の比較などをして、効果を確かめていきます。

 つまり、「集団で見た場合の認知機能低下のブレーキ効果」なわけです。目の前の個人に、思い通りの効果が出るかどうかは、保証されていません。人によっては効果が薄い。逆になるかもしれない。

 まじめに薬を毎日飲んでいる山中みつさんが、図に示したような結果になる場合だってあるわけです。全体の人数からはそういった経緯はおそらく少ないと推察されます。そう思うのは集団の結果がそうだったから。

 なぜ下がるのか。

 もしかして小さな脳梗塞がゆっくりと積み重なっているのかも。

 山中みつさんの頭を磁気共鳴画像(MRI)で見ると、いわゆる「かくれ脳梗塞」などと呼ばれるような、脳室という脳の中のある空間の周辺の血流が悪くなって、脳の細胞が変化した姿が目立ちます。血圧の薬も飲んでいますが、それでも160mmHgとやや高め。「大脳基底核」とよばれる脳の中枢の部分にも、細胞が変化した姿や、小さな脳梗塞で脳のほんの小さな一部が消えてなくなっています。大脳基底核には、記憶など認知機能を発揮するための回路が走っているらしい。ここなら、小さい傷でもその影響は大きい。若いころからしっかりと血圧をコントロールしていれば、こんなことになっていないかもしれません。でも、いまのみつさんには後の祭り。

 あとは、薬の影響。

 海馬およびその周辺がやせてきて、脳全体がすこし小さくなっている人にとっては、私の勝手なイメージですが、脳全体の電気の勢いが落ちかかっている。 そこに総合風邪薬やある種の胃薬にも、眠くなる成分が入っています。大抵の人には影響がないとしても、認知症の人には、かなり大きなダメージがある場合もあります。「あっ、これだ」と思っても、一気に切ると命にかかわるような薬もあるので、ともかくかかりつけの医師とよく相談してください。

 それと体調。

 便秘なども、バカにできません。不快感が増し、当たり前ですが、精神活動にも影響します。風邪や脱水もそうだし、がんもそうです。「幻覚がひどくなってきたなあ」と思って調べたら、がんが見つかった、などという話は結構多いものです。

 認知症医療なるものに、町の医者として関わり続けて、感じることがあります。認知症を疑い当クリニックを訪れる受診者。MRIを撮る。すると、いわゆるかくれ脳梗塞がみつかる。しかも、そのちょっと先の大脳基底核の部分に怪しい小さな脳梗塞。小さな脳梗塞で場所によっては大きな影響が出ることがあります。それを「戦略拠点型梗塞」といって、それによる認知症というのも時々見かけます。やはり、血圧のコントロールって大事だなあ、と実感。

 診察時、血圧が200mmHg超えているのに、

 「脳トレとかが大事ですよね。だからちゃんとやってるんです」

 と言われたこともあります。

 私も人に自慢できるような体形と血圧、生活習慣ではない。

 私の場合には、おそらく (ちまた) に出回る、怪しい予防のための健康食品とかサプリとか脳トレよりも、足元の生活習慣を変えるほうが、はるかに効果があるように感じます。それは、当クリニックの受診者を見ても、そう感じます。状態がよい人は、認知症の薬の効きがいいようにも思います。理屈からも体調の不良がない、とか飲んでいる薬が少ないとか、そもそも体は元気で、気分はほがらか、という人は、経験的には、認知症の薬の効果を調べようとするとき、安心できます。

 「きっと薬が効いているだろうな」などと根拠のない自信が私の中で湧いてきます。

 山中みつさんについては経過をみて、その結果をお伝えできるときがあれば再度書きます。単なる個人差なのか、脳の変調や体調など原因のある結果なのか。ここには書きません。少し薬を調整しました。今後、認知症がどう変化するのかにも注目したいと思います。

 今回のこの話難しかったです。

 要は、いままで積みあがった医学の知見では、認知機能の低下を遅くする抗認知症薬以外に、具体的な予防法や回復方法はない。でも認知機能そのものではなくて、その周辺の状況や環境をよくすることで、認知機能によい影響を及ぼすことはよくある。そうなるように、問題を発見するために検査したり、治療したりすることが認知症医療の根幹にある。そんなことを確認したわけです。当然それ以外に社会的な役割があるのですが、医学の枠組みの中でそう思うのです。決して「診断を決める」だけで医療を留めてはいけない、ということ。

 逆に、当院に認知症の検査で来られる人々について、まずは一通りの体のチェックをします。意外に、血圧が200mmHgを超えていた、という人が多くて、しばしばギョッとします。認知症の検査に来て、そのまま別の病気で救急車で運ばれ入院してしまった人々も意外に多い。

 ふだんからかかりつけの先生がいれば問題なかった、と思える人が多い。認知症になって、世間の目が気になると、血圧など二の次になってしまうのかもしれません。この本質的な問題解決は困難を極めるでしょう。医療の枠を超えた社会的なアプローチが必要だからです。

 読んでいただいたみなさんのおかげで、認知症とそれをとりまく問題に少しずつ光が差し始めてきたように感じます。

 今回は医療の枠内の話を取り上げつつ、認知症医療の本質とはなにか、を考えるうえでの素材を提供しました。

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kinohsita

木之下徹(きのした・とおる) のぞみメモリークリニック院長

 東大医学部保健学科卒業。同大学院博士課程中退。山梨医科大卒業。2001年、医療法人社団こだま会「こだまクリニック」(東京都品川区)を開院し認知症の人の在宅医療に15年間携わる。2014年、認知症の人たちがしたいことを手助けし実現させたいと、認知症外来「のぞみメモリ―クリニック」を開院。日本老年精神医学会、日本老年医学会、日本認知症ケア学会、日本糖尿病学会に所属。首都大学大学院客員教授も務める。ブログ「認知症、っていうけど」連載中 http://nozomi-mem.jp/

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