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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

相模原事件再考(下)「乱暴な正義」の流行が、危ない素地をつくる

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「お荷物論」の発信源はどこか

 社会保障にかかる費用が増えて財政が大変だ、そういう発表や議論を日常的に展開しているのは、どこでしょうか。最大の発信源は財務省であり、政府です。それをマスメディアがしょっちゅう伝えます。実際、年金も医療も介護も生活保護も、抑制が続いています。

 たとえば、それらを見聞きする高齢者は、どう感じるでしょうか。長生きは迷惑だというメッセージを日々、浴びているようなものではないでしょうか。

 財政がどうでもいい、というつもりはありません。社会保障と財政をどうやって維持するかは日本の最も重要な課題です。しかし、同時に「みなさん安心して生きてください、政府はしっかり支えます」というメッセージを届けないと、弱い人々をお荷物と見る感覚を広げるおそれがあります。それとも財務省や政府は実際に、弱い人々をお荷物と考えているのでしょうか。

差別的・攻撃的な言動の横行

 社会風潮のもう一つの問題は、差別的・攻撃的な言動が目立つことです。

ヘイトスピーチをする連中が在日コリアンなどに投げつける罵倒・侮辱・憎悪は、ネット上の発信を含めて本当にひどいものです。彼らには、強固な思い込みによる被害者意識があり、正義感の発露として一方的な攻撃を正当化します。罵倒、敵視、デマ、扇動、圧力、個人攻撃といった手法を用います。最初から敵と味方に分ける発想なので、まともな議論が成立しません。

 背景のひとつはネット、SNSの普及でしょう。昔なら個人的な悪口かトイレの落書きだった言葉を、誰でもネット空間に簡単に書き込めます。ネットでは自分の気に入った情報だけを見る傾向が強いので、偏った思想が増幅されます。似た考えの人間がいることを知って仲間意識を持ちます。

 歴史問題、学校教育、外交などを標的にする極右排外主義の人々も、似たような思考と行動のパターンを持ち、人脈的にもリンクしています。ネット上では、「反日」と決めつけて激しく攻撃する「ネトウヨ」が目立ちます(本来の保守とは違うと思う)。それと一緒になって攻撃している新聞、雑誌、テレビ番組もあるし、同様の感性の政治家も少なくないようです。沖縄の米軍基地建設反対運動への警備中に大阪府警の機動隊員が「土人」「シナ人」などと発言したのも、それらの影響かもしれません。

乱暴な正義を振りかざす

 「過激なことを言うのがカッコいい」「本音で差別的な発言をしてもかまわない」という傾向が広がっています。潮流は一色ではなく、排外主義、戦前回帰、自己責任論、既成勢力たたきなど、違いはありますが、米国のトランプ大統領、欧州で伸長する極右勢力など、世界的にも似た現象が見られます。社会的な言動が粗野になり、良識のタガが外れている気がします。敵をこしらえて激しい言葉で攻撃するスタイルという意味では、橋下徹・前大阪市長が先でした。

 知人の言葉を借りると「乱暴な正義」が、ネット空間を含めて、あふれています。

 そういう風潮から、植松被告は影響を受けていなかったでしょうか。彼の手紙の文面は、「ヘイト」や「ネトウヨ」に比べると、まだ論理的でていねいな印象ですが、障害者殺害という過激な計画を実行すれば、政府から評価されると期待していたことがうかがえます。

平常心の人間も、人道に反する行為をする

 前回の論考について、差別思想はともかく、行動を抑制できずに殺害に至ったのは精神障害のせいではないか、という意見が見受けられました。そういう問題ではないと筆者は考えます。

 歴史的に見ると、憎悪、恐怖など異常な心理状態で起きる事件や虐殺は確かにあります。たとえば欧州中世の魔女狩り、関東大震災時の朝鮮人虐殺、連合赤軍事件、ルワンダ大虐殺などです。

 一方で、平常の意識を持った人間が、社会の空気、正当化の理由付け、使命感、上司の指示、科学的探求心などから、人道に反する行為をすることも珍しくありません。ナチスのT4作戦、人体実験、ユダヤ人絶滅収容所はそうでしょう。旧陸軍731部隊の人体実験、九州大の米軍捕虜生体解剖事件、旧ソ連のスターリン体制下の粛正、カンボジアのポル・ポト政権下の大虐殺、そして多くの政治テロ、宗教テロもそうでしょう。オウム真理教事件もこちらかもしれません。

 その変形版として、個人で突出した行動に走る人間が現れることもあります。ノルウェーで11年7月に起きた連続テロ事件(77人死亡)は極右思想の青年による犯行でした。昨年6月に米フロリダで起きたゲイナイトクラブの銃乱射事件(49人死亡)で射殺された犯人は、同性愛を嫌悪していたと伝えられました。

 相模原事件も、似たパターンに思えるのです。間違った正義感、使命感に基づいて、計画的かつ冷静に大量 殺戮(さつりく) を実行した。そこに怖さがあります。事前に衆院議長への手紙を届けた時に警察が措置入院に持っていったから、精神障害という見方に結びつけられていますが、もし、予告なしで犯行に及んでいたら、どんな見方になったでしょうか。

すべての人に生きる権利がある

 東日本大震災の後、みんなで助け合おうという雰囲気が満ちていた時期がありました。そのころとは打って変わって、社会の空気がすさみ、足を引っ張り合い、反撃しにくい弱者をたたく風潮が強まっています。過激な正義をアピールする人物がもてはやされます。そういう状況こそ、相模原の事件をもたらした底流ではないでしょうか。

 根本的な再発防止策は、人間の価値に線引きする考え方や他者の存在を否定する言動と闘い、差別思想を持つ人間を減らしていくことです。障害者関係だけでなく、幅広い分野の連帯が欠かせません。できるだけ当事者が姿を見せ、声を上げていくことが大事です。また、政府・首長・議会・政党・公的機関が差別思想と闘うメッセージを出すことには、大きな意味があります。差別思想に対抗するために何らかの法律、制度、事業を考えてもよいかもしれません。

 差別思想との関係でカギになるテーマとして、社会保障と財政について論議を深めることは重要です。社会保障も国家財政も、社会の構成員すべてを支えるために存在するもので、制度を維持するために一部の人を犠牲にしよう、排除しようと考えるのは間違っています。

 事件直後にも書きましたが、あらゆる人に個性と尊厳がある。すべての人に存在価値があり、よりよく生きる権利がある。その理念を高く掲げ、具体化していく取り組みが求められています。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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