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虹色百話~性的マイノリティーへの招待

コラム

第75話 HIV陽性者の老後は、ほぼゲイの老後

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HIV陽性者の老後相談が必要な時代

 このサイトを訪れるかたがたはもちろんご存じでしょうが、かつて「現代の黒死病」とまで恐れられたHIV感染症は、治療が劇的に発達して、現在かんたんには死なない病気になっています。AIDS段階にまで進行し、通常1立方ミリメートルの血液中に700から1300個あるCD4(免疫の状態を表す白血球の一種である「CD4陽性Tリンパ球」)が一桁台まで下がった状態で感染がわかっても、驚異的な回復で「シャバ」へ戻ってきます。あとは抗ウイルス薬を服用しながら、一種の慢性病として、通常の人とおなじような生活を送ります。この抗ウイルス薬が、よく効くんです。

 そうやって平均寿命近くまで存命する時代となって、むしろHIVを抱えて迎える高齢期が課題となっています。高齢期のがんや骨粗しょう症、認知症など医事的な面もさることながら、ライフプランニングや「老後」の問題にも注目が集まっているのです。

 私も性的マイノリティーの暮らしや老後に取り組むなかで、「ゲイ男性の老後はHIVの老後でもあり、HIVの老後は、ほぼゲイの老後」と言ってきましたが、病院現場でも患者がひたひたと高齢化するなかで、嫌でも関心をもたざるをえないようです。

 毎年12月前後に開かれる日本エイズ学会で、国立名古屋医療センターでFP(フィナンシャルプランナー)さんが陽性者のライフプラン相談を受ける試みが報告され、関心を集めました(2015年)。病院でお金や老後の相談もする必要が出てきたんだなあ、という感想です。病院では、外からFPさんを頼み、HIVや患者に多いゲイ、バイセクシュアル男性について基礎的な研修をしたあと、相談にあたってもらったとのことです。特段の予算があるわけではないので、試験的な段階で終了したそうですが。

第75話 HIV陽性者の老後は、ほぼゲイの老後

 じつは、私たちが運営するNPO法人パープル・ハンズでは、その報告に触発され、一般財団法人ゆうちょ財団の「金融相談等活動助成事業」に申請し、今年度、助成額の枠内でHIV陽性者の無料ライフプランニング相談を提供してきました。ゲイやHIV陽性といったことを理解する当事者の専門家(私が行政書士・FPとして対応します)が相談に乗ってくれるような場所は、銀行でも保険会社でも、まだまだないでしょうからね。16年4月から17年1月までのあいだに11件(すべてゲイ男性)の相談をお受けし、さきごろ活動報告書を財団へ提出したところです。

年代ごとにクッキリ分かれた相談の特徴

 ご相談者は32歳から67歳までの11人。相談者ごとに項目と簡単な報告をエクセルのマス目に入れ、それを年齢順にソートしてみると、あら不思議、年代ごとに課題がクッキリ分かれたのには軽く驚きました(相談数が少ないので、かならずしも一般化はできませんが)。

 30代の2人は、住宅購入や保険加入、買った家をパートナーとシェアすることについての心配など、人生の生活形成プロセスで直面しやすい課題についての具体的なご相談でした。住宅や保険は、若い社会人ならだれもが悩む問題かもしれません。しかし、HIV陽性の場合、新規で生命保険に加入することは難しく、したがって家を購入するときも団体信用生命保険に入れないなどの問題があるのです。なので、名義人である自分が途中で死んだとき、ローンの残債を払えるのか、あるいはパートナーが家に住み続けられるのか、といった問題が悩みとなるようです。

 40代、50代となると、人生の折り返し点を迎えて、後半での生き方について相談をいただきました。40代のお二人とも転職がそれなりに多く、そろって貯金がないとおっしゃったのは興味深いことでした。それでもご自身の月の支出を見直し、年50万円ずつ(月3万円、2度のボーナス時に7万円ずつ)貯金をすれば、20年後のリタイア時期には1000万円になっているはず。また、HIV療養で障害者手帳があれば医療費もかなり軽減されるので、あえて民間の医療保険に入る必要もない(むしろ早期発見・早期治療がコツ)など、合理的な節約策をお話しすると、なんとなく安心されていました。

 50代のかたもシングル、後半生を見越してのご来談で、こちらは持ち家があったり収入も安定したりしているのですが、老後の孤独死などを心配していました(少し気が早いと思いますが)。ただよく聞くと、これまたどちらのかたもあまりゲイの友人とか支援団体とのネットワークなどが乏しい。感染が判明した初期には少し世話になったものの、その後はどちらかというと敬遠する感じでした。ときには会食したり異変に気づいたりしてくれる友人が一人でもいるといいのですが……。私たちの団体も含め、いろんな団体と関係を持ち直し、友人を作る努力をしてみては、とお話ししました。

 中年期のもうひとつの特徴は、同性パートナーのご相談です。子育てという長期プロジェクトがない分、継続する契機に乏しい同性カップルですが、この時期、10年を超えて長く続いてきたパートナーとは、後半生もいっしょに生きていけそうな確信ができるのかもしれません。

 60代のかたもお二人いました。どちらも一人暮らしで、いわゆる終活をふまえて高齢独居や一人要介護(HIVでも受け入れてくれるのか)、孤独死の不安を語っておられました。かといって、同年代のきょうだいもヨボヨボしており、その子である おいめい に頼むのは向こうが迷惑。世上には一人暮らしのための見守りサービス事業もそれなりにありますが、病気やセクシュアリティーのことを気にせず安心して頼めるのか? そう心配を語る相談者は、私の目からはどちらもお元気で、あと20年は大丈夫に見えるのですが……(笑)。私たちのNPOでも、まずはそのかたの事情を了解して「緊急連絡先」を引き受けるなど、法人ならでの対策に取り組みたいと思わされました。

リアリティーのある事例を収集

 今回ご相談をいただいたことは、私たちにとっても大変貴重な機会となりました。いわゆるライフプラン関連のほかにもいろいろな悩みをご相談くださり、リアリティーのある事例を知ることができたからです。ご相談者には、無料相談で得られた情報はプライバシー加工して、こうして情報発信させていただくことをご了解いただいています。

 ただ、相談数が少なかったのは、広報力の限界でしょうか。たしかに陽性者自身もアンケートなどには「老後が心配」とは答えるのですが( FUTURES JAPAN  p60参照)、いまの日本で老後が心配でない人はいません(苦笑)。でも、日常の治療が安定して元気でいれば、つい長期的ライフプランや支援情報への関心も低くなり、相談への意欲は乏しいのかもしれません(その結果、先述のご相談者のように、ネットワークから切れて孤独死を心配することもあるのですが)。

 医療サービスは、公的健康保険や福祉制度で、低廉な負担で利用できます。しかし、FPや法律家との相談は通常、全額個人負担。無料と思えば購入誘導だったりすることも。今回の相談は助成金のおかげで無料提供できましたが、希望者が増えれば提供数に限度もあります(まあ、そのときは手弁当で受けるのでしょうけど)。

 医療以外にも、陽性者の心理カウンセリングには 派遣カウンセラー制度 が実施され、カウンセリングはチーム医療の一環に位置付けられています。では、お金と老後の相談は長期延命時代のいま、チームには入らないのかしら? とかく福祉の貧困を家族力で補わせようとするこの国にあって、とりわけ通常の家族サポートを得られない患者が多いのがこの病気……。だからこそ、こっちも「賢い患者」になる必要があるのでは? そんな思いが胸をよぎるのです。

 *この相談は、HIV陽性者および性的マイノリティーのための無料ライフプランニング相談として対象を広げ、2017年度にも助成対象となりました。 くわしくは弊会 へお問い合わせください。

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永易写真400

永易至文(ながやす・しぶん)

1966年、愛媛県生まれ。東京大学文学部(中国文学科)卒。人文・教育書系の出版社を経て2001年からフリーランス。ゲイコミュニティーの活動に参加する一方、ライターとしてゲイの老後やHIV陽性者の問題をテーマとする。2013年、行政書士の資格を取得、性的マイノリティサポートに強い東中野さくら行政書士事務所を開設。同年、特定非営利活動法人パープル・ハンズ設立、事務局長就任。著書に『ふたりで安心して最後まで暮らすための本』『にじ色ライフプランニング入門』『同性パートナー生活読本』など。

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1件 のコメント

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老後の心配3K

カイカタ

私も、老後にさしかかり、心配していることがあります。 主に、この3つのカテゴリーです。 孤独、一生涯一人ならそうなりますし、LGBTなら、社会か...

私も、老後にさしかかり、心配していることがあります。

主に、この3つのカテゴリーです。

孤独、一生涯一人ならそうなりますし、LGBTなら、社会からある種隔絶した状況で生きているので、さらに強くなります。一人で何でもすることが好きな性格ですけど、仲間が欲しいですよね。

金、まあ、これは誰でもそうですね。

健康、体は弱っていきます。体力・筋力低下を防ぐためジムに通っています。ゲイなら、いい体をつくることを口実に通うと続きます。あと、タバコや酒は控え、野菜をより多く食べるようにしています。

高齢化社会を迎えるに当たってLGBTに限らず誰もが考えることでは。

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